箱舟が出る港  第三劇 二章 月世界の戦慄

瞼のたるんだ茨城県議会議長草刈吉朗は木目の天井に言葉を捜していた。
闇の殺し屋菊村貢が正面にいる。菊村は国家公認の一匹狼の殺し屋である。生業は吟遊詩人との事であるが、国家公安委員長直属の殺し屋である事を知る者は少ない。


彼の手により葬られた悪党は数え切れない。
いつかは嗅ぎ付けるとは思ったが・・・・しかし早かった
山口猛、柳俊夫はあきらめのため息を吐くと、それぞれネクタイを緩めた。
「知っているんだな?」
ボロを身に纏った乞食のような菊村である。
その仏像の如くの鋭い瞳と長身、さながらジャングルの中の豹がそのままこの部屋に置かれたようであった。
貢の双眸は三人には向けず、自在鉤に鋭き爪を置く。
「よっこらしょ」
巨漢の山口が立ち上がり、障子を開けた。
沈みつつある太陽が水戸市仙波湖に逃げ場を求めている。
落日か・・・ひとつまた小さく咳をした山口が胸を押さえ
「貢・・・実はな・・・MMVという・・・・」と唇を歪ませた。




「え〜ご注文は宜しいでしょうか」
まるで聞き耳を立てていたように、その時入り口の障子も開いた。
素っ頓狂な音色。計ったようなタイミング。
にやにやと無遠慮に入るは、この店の主人であった。
「なんだね、注文はこちらからすると話したはずだ?それに前菜も酒にもまだ手をつけていない。注文はあとですると言ったはずだ!」
約束を反故にされた草刈は主人を睨んだ。
「しかし・・・・様が聞いてこいとのことでして、へっへっへ・・・」
赤々と燃えた小男の瞳だった。尋常でない光が宿ってる。
凍りついたような笑い方であった。
「あ・・・?何?何様と言った?よく聞こえなかったぜ。誰が指示した?」
決断を遮られた形になった、県警の山口は一喝する。 
「ベルゼブブ・・・様がだよ、たけちゃん・・・くっくっくっ・・・」
満月が東の空に赤々と昇った。
小男の背後から異臭がし、障子に巨大な影が映った時、身を起こした菊村はススキを咥えていた。