2007-03-01から1ヶ月間の記事一覧

箱舟が出る港 第六章 二節 装束 一

総理府内閣官房室。 眉間と削げた頬に 太い何条もの こびり付いたシワは、 年齢と性格を饒舌に 物語っていた。 白すぎる青冷めた顔色は 薄情そうで、 薄い唇はそのシンボル のように今、静かに開かれようとしていた。 関東信越国税局長、国友久司。 「学校法…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 十

ちえ美は思い切り泣いた。 涙の雫に、蟻が駆け寄るように、 集まって来ている。 降らない雨が恋しいのか、 ちえ美にいたわりの言葉を 送っているのかは、 それは分らない。 ヒメハルゼミの祈りにも似た 清らかな咆哮が助けているのだろうか? それも、迷うと…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 九

宍塚大池。 土浦市とつくば市の 境にあるその地は、別名、緑の島 とも呼ばれている。 開発ラッシュに見舞われる この付近で、異様に高い 静けさを残している。 日本全国を探せば、このような地は、 数多くあるのかも知れない。 例えば幾千、幾万の仏像が同じ…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 八

ルームミラー超しに ちらちらと、 ちえ美を見るタクシー の運転手が、声をかけた。 「たいへんだったねぇ、 あなたも・・・」 大型トラックが、遅い。 急ハンドルを切り、 たちまち追い抜いた。 タクシーは、 駅前から土浦市内を一望出来る、高架道に入った…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 七

伏見実と、時同じくして 土浦市。 立花ちえ美はやっとの思いで、 駅ビル東口を駆け下りた。 サングラスをかけたり、 カツラをつけたりと思いつく 限りの変装を試みたが、あまりにも有名に なりすぎた。 ちえ美はチーコと呼ばれている。 パパラッシュよろしく…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 六

水戸市千波町。 伏見実は、 偕楽園に近い 千波湖に隣接した 駐車場に止めた ランドクルーザーの中で、 朝から夜叉の如く ビールを飲んでいた。 何度とも知れない電話や メールが常央から入ったが、 鬱陶しさも相俟って、仙波湖に 携帯をぶん投げてしまった。…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照  五

「銀行です。常陸銀行 三の丸支店の貸し金庫・・・」 「この、あほうっ!!」 言い終わらないうちに、 古川は身を乗り出した。 今にでも、飛び掛り そうな剣幕である。 「でも・・・死んではいません。 毎日確認してます・・・ 安心だと思ったから・・・その・…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 四

「すりかえられた・・・やはり何かがあるな。無秩序が秩序になり つつある、法則性が現れた。合成の誤謬だ。おさらいしてみよう。 はじめに、常央大学病院で赤子の消滅ありき。次に大洗を発端に日本 各地で死体が発見された。昨日までその数は六千名を数える…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 三

2006年11月22日午前5時28分。 日本の六大新聞社のひとつ、扶桑新聞社水戸支局社会部会議室。 =常盤製薬で六名が惨殺される。警備員五名は全員とも頚骨を折られ死亡。 社員の経理課長は眉間に銃弾を受け即死。応援求む= 未明の支局につくば通信部から、電話…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 二

「今じぶん、誰だ?」 二重、三重の関所が、ある。 病理研究棟ほどではないが、それでも現金、小切手、手形、印鑑等の重要なもの がある部署である。 屈強な警備員が、24時間体制で守っている。三キロ先に、つくば学園警察署も ある。 今時間来るものに鈴元に…

箱舟が出る港 第六章 一節 残照 一

常盤製薬工業株式会社つくば研究所。 東光台と呼ばれる工業団地に建設された二棟からなる建物は、研究所らしか らぬ幾何学な印象と違って、ホテルのような寛容さを見るものに印象付けてい た。 区画に隣接する半導体メーカーなどの研究所と様相を異にして、…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 十

息を吸う、吐く。メタンガスのような香りだが、味は良い。 空気の味をじっくりと嗜んだ事は無いが、喉元から肺へと入る刹那、 微かな甘みを感じた気がする。 例えればガムシロップの甘さを極限まで取り除き、 初雪を混ぜたような甘味であった。 あらゆるアン…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 九

おニューなジャケット。 それは恋路へと続くものと、知流正吾は信じていた。 もっともユニクロで購入したものであるが、正吾のような鈍感で ファッションに疎い武道家にとっては、最先端と信じて 疑わなかった。 ・・・初恋だった。 それがどうだ。 わけの分…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 八

艦内ネットワークコンピュータが、作戦室に陣取る者たちの目に、宇宙空間の 作戦状況を報告した。 「ご覧のように宇宙でも作戦始動のGOサインが入った。ところでおさらいの場と していいかな?」 とディル・リッペンドロップ副艦長。 「ジム・スタンフォード氏に…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 七

「あの新宿のコンサル、信用出来ないぜ」 「どうしたの? 話しは上手で親切じゃない? 」 「緑地計画の為、工場敷地を回ったろ?」 「ええ?」 「野郎、知らないふりして、煙草の吸殻を排水溝に捨てやがった。ヤツは最後 を歩っていた。防犯用ウェイブカメラが設…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 六

日輪が濃霧を払い、群青の海と抱き合った。 時の流れは永劫に続くのかと。 続かねば面白くないではないか、と海。 私が燃え尽きれば、、時は止まるではないか、と太陽。 その気配があったら逃げると、海。 与えたのは私のはずだが、と太陽。 さあな、と海。 …

箱舟が出る港 第五章  二節 軍神たち 五

あたまを無くした胴体は、 トトトと、二、三散歩 よろめくと、アスファルトに ドウと倒れた。 手が虚空を指し、何かを訴えたような 最後だったが、自業自得であった。 鮮血がコールタールの如く厚く流れ、 ロールシャッハの模様を形作っている。 どこに潜ん…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 四

綺麗なオイルがよく行き届いて いるのだろう。 笹島丸のエンジンには 春風が棲んでいる。 乱暴者で中学もまともに出ていない 笹島京平であったが、 舟の手入れだけは行き届いていた。 かつての大不良も謹格を極めた印象である。 大洗フェリーターミナルを右…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 三

「その舟は出るの ですか・・・?」 か細い女の声が聞こえ、 笹島京平はああ? と寝ぼけた声で 振り向いた。 振り向けば綿飴のような 粘ば粘しい濃霧が、 女の顔を撫でていた。 貴婦人が被るかの帽子を深くしたその様は まるで浮世絵のようで、この魚市場 近く…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 二

唇が赤く染まった。 どこから取り出したのか、汚いペットボトルをテーブルにトン、と山中は置いた。 「また、それか!? ここは安酒場ではないんだよ!!」 アランは忌々しそうに横目で山中を見ると、さあこっちに来いと【こびと】を両掌 で抱いた。 「血まみれ…

箱舟が出る港 第五章 二節 軍神たち 一

大きく鋭い爪が引っ掻いたような形の夜光の雲は、強い風に流されながら月を妖 しく覆い、星々を盲目の世界へと追いやるかのように、物の怪の様相を夜空に貼 り付けていた。 【こびと】はその変化を知ったのか、山中唯臣の手のひらで、小さく微かに震 えてい…

箱舟が出る港 第五章 一節 霖雨 五

四歳の時から十六歳の秋まで、十二年間楽しい思い出ばかりだった。 台風の中顔いっぱい涙で濡らして、ちっちゃな私をおんぶして、必死で病院に運 んでくれた強いパパ。 事ある毎に、沢山の本を読んでくれたり、美味しいものを作ってくれた、優しい ママ。 今…

箱舟が出る港 第五章 一節 霖雨 四

「でかいな、こいつは.. モニターからはみ出てしまう。 全体像が見えん。画像を50 パーセントに縮小しよう」 「速度はどの程度 かな ? マーク」 「光速の1000分の1だね。 秒速にして373キロメートル」 「やまぐもの50倍の速度か... 落下地点への影響は?」 …

箱舟が出る港 第五章 一節 霖雨 三

「未確認飛行体をキャッチしました」 「敵か? 心よ?」 「感情は読めませんが月面上に展開している蝿座の敵とは違います。ビル・クリ ントン及びロナルド・レーガン分離後一秒の間に突然現れました。まるでこちらの 動きに呼応したかのような表れです。熱反応…

箱舟が出る港 第五章 一節 霖雨 二

時任小夜子は 生みの親の顔を知らない 孤独な少女だった。 尤もそれは 大人の 観賞眼の言うところであり、 本人にとってみれば至極当然 の事のようであった。 例えば教室で一人の机で弁当を食べていても、遠足でバスの座席にぽつん と座っていても、さして寂…