2007-03-01から1ヶ月間の記事一覧
総理府内閣官房室。 眉間と削げた頬に 太い何条もの こびり付いたシワは、 年齢と性格を饒舌に 物語っていた。 白すぎる青冷めた顔色は 薄情そうで、 薄い唇はそのシンボル のように今、静かに開かれようとしていた。 関東信越国税局長、国友久司。 「学校法…
ちえ美は思い切り泣いた。 涙の雫に、蟻が駆け寄るように、 集まって来ている。 降らない雨が恋しいのか、 ちえ美にいたわりの言葉を 送っているのかは、 それは分らない。 ヒメハルゼミの祈りにも似た 清らかな咆哮が助けているのだろうか? それも、迷うと…
宍塚大池。 土浦市とつくば市の 境にあるその地は、別名、緑の島 とも呼ばれている。 開発ラッシュに見舞われる この付近で、異様に高い 静けさを残している。 日本全国を探せば、このような地は、 数多くあるのかも知れない。 例えば幾千、幾万の仏像が同じ…
ルームミラー超しに ちらちらと、 ちえ美を見るタクシー の運転手が、声をかけた。 「たいへんだったねぇ、 あなたも・・・」 大型トラックが、遅い。 急ハンドルを切り、 たちまち追い抜いた。 タクシーは、 駅前から土浦市内を一望出来る、高架道に入った…
伏見実と、時同じくして 土浦市。 立花ちえ美はやっとの思いで、 駅ビル東口を駆け下りた。 サングラスをかけたり、 カツラをつけたりと思いつく 限りの変装を試みたが、あまりにも有名に なりすぎた。 ちえ美はチーコと呼ばれている。 パパラッシュよろしく…
水戸市千波町。 伏見実は、 偕楽園に近い 千波湖に隣接した 駐車場に止めた ランドクルーザーの中で、 朝から夜叉の如く ビールを飲んでいた。 何度とも知れない電話や メールが常央から入ったが、 鬱陶しさも相俟って、仙波湖に 携帯をぶん投げてしまった。…
「銀行です。常陸銀行 三の丸支店の貸し金庫・・・」 「この、あほうっ!!」 言い終わらないうちに、 古川は身を乗り出した。 今にでも、飛び掛り そうな剣幕である。 「でも・・・死んではいません。 毎日確認してます・・・ 安心だと思ったから・・・その・…
「すりかえられた・・・やはり何かがあるな。無秩序が秩序になり つつある、法則性が現れた。合成の誤謬だ。おさらいしてみよう。 はじめに、常央大学病院で赤子の消滅ありき。次に大洗を発端に日本 各地で死体が発見された。昨日までその数は六千名を数える…
2006年11月22日午前5時28分。 日本の六大新聞社のひとつ、扶桑新聞社水戸支局社会部会議室。 =常盤製薬で六名が惨殺される。警備員五名は全員とも頚骨を折られ死亡。 社員の経理課長は眉間に銃弾を受け即死。応援求む= 未明の支局につくば通信部から、電話…
「今じぶん、誰だ?」 二重、三重の関所が、ある。 病理研究棟ほどではないが、それでも現金、小切手、手形、印鑑等の重要なもの がある部署である。 屈強な警備員が、24時間体制で守っている。三キロ先に、つくば学園警察署も ある。 今時間来るものに鈴元に…
常盤製薬工業株式会社つくば研究所。 東光台と呼ばれる工業団地に建設された二棟からなる建物は、研究所らしか らぬ幾何学な印象と違って、ホテルのような寛容さを見るものに印象付けてい た。 区画に隣接する半導体メーカーなどの研究所と様相を異にして、…
息を吸う、吐く。メタンガスのような香りだが、味は良い。 空気の味をじっくりと嗜んだ事は無いが、喉元から肺へと入る刹那、 微かな甘みを感じた気がする。 例えればガムシロップの甘さを極限まで取り除き、 初雪を混ぜたような甘味であった。 あらゆるアン…
おニューなジャケット。 それは恋路へと続くものと、知流正吾は信じていた。 もっともユニクロで購入したものであるが、正吾のような鈍感で ファッションに疎い武道家にとっては、最先端と信じて 疑わなかった。 ・・・初恋だった。 それがどうだ。 わけの分…
艦内ネットワークコンピュータが、作戦室に陣取る者たちの目に、宇宙空間の 作戦状況を報告した。 「ご覧のように宇宙でも作戦始動のGOサインが入った。ところでおさらいの場と していいかな?」 とディル・リッペンドロップ副艦長。 「ジム・スタンフォード氏に…
「あの新宿のコンサル、信用出来ないぜ」 「どうしたの? 話しは上手で親切じゃない? 」 「緑地計画の為、工場敷地を回ったろ?」 「ええ?」 「野郎、知らないふりして、煙草の吸殻を排水溝に捨てやがった。ヤツは最後 を歩っていた。防犯用ウェイブカメラが設…
日輪が濃霧を払い、群青の海と抱き合った。 時の流れは永劫に続くのかと。 続かねば面白くないではないか、と海。 私が燃え尽きれば、、時は止まるではないか、と太陽。 その気配があったら逃げると、海。 与えたのは私のはずだが、と太陽。 さあな、と海。 …
あたまを無くした胴体は、 トトトと、二、三散歩 よろめくと、アスファルトに ドウと倒れた。 手が虚空を指し、何かを訴えたような 最後だったが、自業自得であった。 鮮血がコールタールの如く厚く流れ、 ロールシャッハの模様を形作っている。 どこに潜ん…
綺麗なオイルがよく行き届いて いるのだろう。 笹島丸のエンジンには 春風が棲んでいる。 乱暴者で中学もまともに出ていない 笹島京平であったが、 舟の手入れだけは行き届いていた。 かつての大不良も謹格を極めた印象である。 大洗フェリーターミナルを右…
「その舟は出るの ですか・・・?」 か細い女の声が聞こえ、 笹島京平はああ? と寝ぼけた声で 振り向いた。 振り向けば綿飴のような 粘ば粘しい濃霧が、 女の顔を撫でていた。 貴婦人が被るかの帽子を深くしたその様は まるで浮世絵のようで、この魚市場 近く…
唇が赤く染まった。 どこから取り出したのか、汚いペットボトルをテーブルにトン、と山中は置いた。 「また、それか!? ここは安酒場ではないんだよ!!」 アランは忌々しそうに横目で山中を見ると、さあこっちに来いと【こびと】を両掌 で抱いた。 「血まみれ…
大きく鋭い爪が引っ掻いたような形の夜光の雲は、強い風に流されながら月を妖 しく覆い、星々を盲目の世界へと追いやるかのように、物の怪の様相を夜空に貼 り付けていた。 【こびと】はその変化を知ったのか、山中唯臣の手のひらで、小さく微かに震 えてい…
四歳の時から十六歳の秋まで、十二年間楽しい思い出ばかりだった。 台風の中顔いっぱい涙で濡らして、ちっちゃな私をおんぶして、必死で病院に運 んでくれた強いパパ。 事ある毎に、沢山の本を読んでくれたり、美味しいものを作ってくれた、優しい ママ。 今…
「でかいな、こいつは.. モニターからはみ出てしまう。 全体像が見えん。画像を50 パーセントに縮小しよう」 「速度はどの程度 かな ? マーク」 「光速の1000分の1だね。 秒速にして373キロメートル」 「やまぐもの50倍の速度か... 落下地点への影響は?」 …
「未確認飛行体をキャッチしました」 「敵か? 心よ?」 「感情は読めませんが月面上に展開している蝿座の敵とは違います。ビル・クリ ントン及びロナルド・レーガン分離後一秒の間に突然現れました。まるでこちらの 動きに呼応したかのような表れです。熱反応…
時任小夜子は 生みの親の顔を知らない 孤独な少女だった。 尤もそれは 大人の 観賞眼の言うところであり、 本人にとってみれば至極当然 の事のようであった。 例えば教室で一人の机で弁当を食べていても、遠足でバスの座席にぽつん と座っていても、さして寂…