2007-08-01から1ヶ月間の記事一覧

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

それが人であれ、動物であれ、 植物であれ星に祈りを捧げた者は、 いかほどの 数になるだろうか。 祈りは幸せか、あるいは不幸か? 人間界では様々な思惑が充満し、 がんじ絡めになった細糸を、 ひとりで解こうと もがく時がある。 ひとりでは生きられない葛…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「こちら職安ですが、 採用ご担当の山口さんは おいででしょうか?」 「ああ、お世話になります。 ビジネスホンの見積もりが 出来ました。山口さん、 おります?」 「焼却炉のダイオキシン測定の日程の件で、 山口さんをお願いしたいのですが」 「ちょっと相談…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

朝の柔らかな慈母の姿とは 恐ろしく色を異にし、沈み行く 太陽は血糊のようで あった。 一日の人間の行動に怒りを 唱えているのか、沈みながらも 神岡の網膜を焼く。 ドン、ドンというプレス音が、 生産現場から三百メートル離れた 社員専用駐車場に届いてい…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

穏やかな日和で風もなく、 三日前に降った雨は、 さほど水量を増さなかった。 常陸那珂川の流れは殆ど なく、波紋を広げたり、 跳ねたりと 魚にとっては 棲家を誇示しようと しているのか、 嬉々とした姿が見られた。 太公望たちは絶好の好条件にも 関わらず…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

ポンコツのスバル360が、 河川敷に止まっている。 持ち主はキイも外さず 笹笛を吹きながら、 釣り糸を垂れていた。 蓬髪でジャージ姿、 足には高下駄を履いている。 野っ込みの季節というのに、 【闇の殺し屋】死掛人 菊村貢のウキは一度も 動いていない。 …

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

キューバ葉巻の先の灰が ポトリと落ちたのは 何度目だろうか。 煙は咥内に入る事なく、 室内を彷徨う。 最新鋭の大型ディスプレイ だという画面下に、 日本の某巨大家電メーカーの 名が刻印されていた。 そのまた下にこれは隠れるように小さくJUNKOHITACHI …

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

茨城県南病院。 シルバーのジャガーXJRが、静かに病院玄関前に、止まった。 ドライバーズシートから降りた樺沢工業所東京統括本部総務課長大門英俊が、 後部のふたつのドアを代わる代わる開けた。 近くの小さな噴水池のベンチに腰をかけた樺沢取手の社員が、…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「探したぜ、 貢さんよ」 眉に刺青を入れ派手な ストライブのスーツを 纏った男が、 人相のよくない二人を 背後に従え、 場違いな室内に のっそりと入ってきた。 「うん?・・・ なんだ・・・ てめえらか。・・・何の・・・ 用だ。今はオフライン の時間だぜ…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「あ、主将でありますか? 今、通過しました。野郎は細身の長身でなかなかの イケメンです」 あるビルの屋上で、常央大学空手部三年、原島正巳は携帯をかけた。 「そうか。で、時間は?」 洩れた野太い声が、原島の携帯から、屋上に漏れる。 「十五分後、感じ…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

燐がゆらゆらと 燃えていた。 果てしない宇宙らしき 空間に、大きな 人魂が燃えていた。 いつの間にか現れたそれは、 山口の隣に語りかける ように、静止している。 暑さも寒さも感じられない。 善も悪も感じられない。 勿論恐怖なども ない。何故か山口には…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

数知れぬ星星らしき光芒の中で、前方にあるひとつの光点が変化して いる事を、山口は気づいた。 それは車のパッシングにも似て、中心にある光源が追い越そうと、膨らんで、 迫ってくるようであった。 光は虹を悪意に曲げたのか、光芒の輪郭に冷たい七色の氷…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

沢山の光の点滅が見えた。宇宙の真っ只のようでもある。下界で見ていた 星星の灯りだろうと思うには、なんとなく納得が行かなかった。光の瞬きが、 異様に早い。 ―――疲れました。洋子、・・・娘を頼む。 手帳を破り捨て書いた遺書と、折り方を忘れた不恰好な…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

東京都国立市郊外。株式会社樺沢工業所東京工場統括本部。 樺沢グループはそれぞれの会社が独立採算制を取っているが、東京工場が 事実上の司令塔である。 グループを束ねる代表取締役社長は、樺沢至、57才。 茨城取手工場の社長 でもあるが、非常勤であり、…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

「うん・・・? 人格の事を言ってるの ? 二重人格とか・・・?」 疲れた身体であったが、何を言っているのかとぎょっとし、樺沢辰巳の顔を まじまじと見た。眩暈が、する。一変に十も二十も、歳をとってしまったような、 もごもごとする口元を自覚した。 出始め…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

山口はカレンダーを見た。 税務調査となれば、過去三年間は振り返る。確実に三日間が潰れるだろう。 あるいは過去五年間の調査も多いことから、それはきつい日程になるだろ う。 月次決算書の作成日、締め切りが十日である。今日は四月二十九日。 五月十日ま…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

樺沢辰巳の実家は、東京都国立市。 一族は、株式会社樺沢工業所なる工場を経営していた。 歴史のある工場で、戦前は五菱重工の協力会社として、歩兵銃などを 生産していた。 戦後カメラの部品製造を経て、現在では、複写機、テレビやPCのディスプレイ などの…

箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

社会科。教科書の出題範囲を丸暗記する。98点。 国語。同様に87点。数学と理科と英語は嫌いなので、殆ど勉強などしない。 また勉強したとしても、高得点を取れない事を、樺沢辰巳は知っていた。 五教科の合計が350点。常央大洗高校の合格の最低の目安である…