2008-07-01から1ヶ月間の記事一覧

箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

2006年12月。 5月から地球全体を襲う猛暑は今だ居座り続け、深刻な水不足が害虫の ように世界中を蝕む。 人工的に雨を降らせるという科学的な戦いも行われたが、あまりにも 自然的でない夏は強固に抵抗し人類の挑戦をいっさい受け付けなかった。 海水を飲料…

箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

北へ向かう彷徨者が居た。 37歳の男であった。 32で結婚し、33で子が生まれた、妻の故郷で。 北上線ゼロ番線のベンチに座り、月に一度しか会えない娘を、不憫に 思った。 籠を背負った老婆、背広姿に長靴の初老の男、ルーズソックスなどまだ 履いている女の…

箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

岩手県北上駅のゼロ番線から出るのはJR北上線である。 終着駅は横手だ。 講習で秋田大学に行く高根沢純は、あえて秋田駅まで直通の東北新幹線 こまち号に乗らず、盛岡行のやまびこ号に乗車し、北上で降りた。 秋田市生まれの純は常盤製薬の川崎士郎の大学の…

箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

天空にさかさまの形で現れた地上。 その悲しげな草むらから隠れるようにして現れた祖母のロウのような影。 ゆっくりと弱々しく士郎に大島椿を見せたことが怖いのではない。 何かを告げようとしている祖母にむしろ懐かしさを感じた。 恐ろしいのは、どうして…

箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

士郎は室内の灯りという灯りを点けた。 急いでテレビのリモコンを入れ、音量を大きくした。 人気者のお笑い芸人が馬鹿笑いしている。 独り身の士郎にとって、今ディスプレイに映し出された異様な光景を 現実の物と知った脅えからであった。 テレビを見ると士…

箱舟が出る港 第三劇  一章 やまぐも計画

ディスプレイに写った物は川崎士郎にとってどうしても信じられなかった。 長いようで短かった画像。 500ミリのロング缶ビールを一気に飲み干し、呆けたように画面を見つめた。 そこには仕事上のデータだけが残っている。 ダウンロードすればよかったのか? い…