2006-01-01から1年間の記事一覧

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 十一

一面コバルトブルーの海、珊瑚礁が美しいとは感じた。 二度目の訪れである。 戦艦ミリオンダラーの艦橋にジム.スタンフォードは佇んでいた。 イミテーションゴールドという物の、原子の姿を見た感じがした。 正直な場所である、随分と変わってしまった事を知…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 十

大木から 跳躍した 格闘家の体は 電光石火の如く 化け物の体に迫った。 所謂空手道の真髄、 鮮やかな三角飛びである。 それよりも早く上からの鋭い足の攻撃が、 まるでトンネルへ入る 新幹線のような音と風を纏いながら、 頬に摩擦傷をたたきつけた。 辛うじ…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 九

男は間を置かず 返す刃で上段から、 斜め四十度程の角度で、 化け物の右手を 切りつけた。 赤い火花が散り、 金属の鈍い音がして、 纏った手の凶器が切断され 吹っ飛び、枝を切り裂き、 さほど大きくない木に突き刺さった。 切り落とせたはずだ。 計ったよう…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 八

切断された左手の中指、薬指から大量の血が 流れていた。 そんな事にはかまってられない。 中腰の不利な体勢から、辛うじて大木を盾にして、 次の攻撃を避けた。 恐ろしい化け物の手である。 力こそ感じられないが、膂力がある、早い。 強靭なカミソリそのま…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 七

唯根鉄男やまぐも艦長は、メインディスプレイを見ていた。 艦体下弦の格納庫である。 銀色のカタパルトが漆黒の闇のなかに、かすかな唸りを上げて広がっていた。 青い地球が多少の揺れに比例して、震えている。 ツン.... 着陸小型宇宙船艦「ときわ」は今カタ…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 六

指輪の色が鈍く光っている。 大林学長秘書が、指をキーボードに置いた。 「そこだ! そこで一度止めておいてくれていたまえ!!」 プロジェクターから大画面に投射されたその瞬間を確認すると 市島は秘書を制した。 「宜しいか?ここにひとつの鍵がある、検証は…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 五

常央大学 本部棟八階大会議室。 楕円型のテーブルの 一番奥に背を向けた 市島典孝が居た。 窓の外は水戸市内が 一望できる。 高層建築の県庁舎が ゆっくりと形を整えつつあった。 強い揺れが収まり、ようやく正常が戻ったばかりである。 遠い筑波山が赤々と…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 四

この夜 筑波山を襲った マグニチュード8の 巨大地震は、 男体峰を無作為に 鋭利な刃物で切断し、 いたるところに炎々と赤い赤い血管を 浮かび上げらせた。 血管は破裂し血液のような真紅の火柱を上げ、 まるで蛇に乗ったかの如く 悪魔の集団となり、くねく…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 三

「ふむ....」 知流大吾は空と地を 相互に見つめながら 軽い唸りを上げた。 空には羽を生した化け物が 足にベルトを巻きつけたまま 飛んでいく。 地には我が弟が背中を抉られ、 血を流したまま鬼人の如く ベルトを追っていた。 街路灯が悪魔の光景を演出して…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 二

着地したところは、小さな公園であった。 商店街の外れ、向こう側には家もない田園地帯が広がる。 誰も居ない公園は夕闇に包まれて、弱くなった蛍光灯が 寂しく点いては消え、集まった蛾や虫達が、驚いたように飛び去り、 夕闇に消えて行く。 悪意に気づいた…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 一

二人は階段で地下一階に下りた。 蒸し熱い六畳程の部屋に小さな金庫があった。 独身者用の冷蔵庫程度の大きさである。 「この金庫があの鉱物で....?」 これか、これか、と目を輝かせた高根沢の手が異質な感触を悟った。 今まで感じた事が無い不思議な感触で…

箱舟が出る港 第二章 三節 漂流 四

無造作にレーザーメスを当てた。 左足の太ももの裏側である。 我ながら格好悪く窮屈だが、強さを見せねばならない。 幅にして五センチ、深さ三センチほどの皮膚がぱっくりと開いた。 血は一滴も流れていない。 シリコンで包まれたものをピンセットで摘み出し…

箱舟が出る港 第二章 三節 漂流 三

中堅百二十メートル、 左翼、右翼ともに 百十メートル。 その周りを壁画のように 林が膠漆している。 向こう側は太平洋が 広がっている。 高台にあるグラウンドであるから、 いつもなら風が強いのだ。 まるでサウナだ。 いやサウナ以上かも知れない。 若い体…

箱舟が出る港 第二章 三節 漂流 二

「...で、何人死んだって...」 「...五十八名とか、だ...」 「はっきりした数字か?」 「今日の今日だ、未だ分からんが、そう考えていいだろう」 「死因は?」 「剣持をはじめ病院で亡くなった人たちは、全員心臓麻痺らしい。 海岸その他での死体は現時点で何…

箱舟が出る港 第二章 三節 漂流 一

「日本軍艦全覧」 刊行は昭和四十六年、資料提供、、防衛庁戦史室、監修が白川義明とある。 磯前五平は何度ページ捲ったか解らない。 手垢に塗れたその本は、江戸末期から昭和二十年までの間に造船された 艦船を全て網羅していると言われていた。 コルベット…

箱舟が出る港 第二章 二節 難破 五

粗い壁 二三のくわきとある農家の庭できいた 蝿の羽音ああ あのものうい 音楽 思い出の沖の潮騒さては耳鳴り アンヴイタシオン・オ・ヴオアヤアジュ〜三好 達治〜 昨夜見た海蛇に飲まれる光景は半分記憶の彼方に消えていた。 とにかく支度だけは出来た。未明…

箱舟が出る港 第二章 二節 難破  四

精神はすでに限界に来ていた。 男の子だった。 自らの子宮から出た我が子ではあるが、神様が与えてくれたはずだった。 抱いた感触が今でも小さく、暖かく、剣持順子の手に残っていた。 ‥神様、ありがとう‥ 看護婦に抱かれ保育室へ連れられていくわが子の背中…

箱舟が出る港 第二章 二節 難破 三

星条旗の揺れが止まっていた。風が全くない太平洋の真ん中であった。 ミリオンダラー号は東経177度22分、北緯28度13分、その位置までおよそ 二時間程の距離でそのエンジンを切った。 その時、ジム.スタンフォードはわが耳を疑った。こんな場所で「 エンジン …

箱舟が出る港 第二章 二節 難破 二

ヤ二デバの目の前に獲物がいた。 腹がへった。今度は小物だが、若いようで、実に美味そうである。 仲間も食料を、追っている。大きな口を開けて、空腹を満たすため 追いまわしている。 ヤニデバは獲物を前にして、一瞬迷った。なぜか分らないが躊躇するのは …

箱舟が出る港 第二章 二節 難破 一

「消えたと言ってもね、あんた、幽霊じゃないんだから、馬鹿な事言いな さんなって!!」 茨城県警水戸中央警察署の鬼頭堅司警部は苛立っていた。 「何度も申し上げているように事実なのです。宜しいですか、お耳が遠くお弱い ようなのでもう一度申し上げます…

箱舟が出る港 第二章 一節 波浪 五

―――ばあさんや今日も生きてしまったよ 仏壇に線香を捧げ、手を合わせた。 紫煙は六畳二間の空間を一瞬立ち止まったに過ぎず、少なくない壁穴の 外に陰没して行った。仲間が恋しいのかも知れない。 花火の音があちこちで聞こえていた。仲間の呼び声のように。…

箱舟が出る港 第二章 一節 波浪 四

何者かが彼女を狙っていた。 大きな黒いカウボーイハットと、黒いスーツで身を固めた男が、高月美兎を ヒタヒタと追っていた。 夕暮れのせいも相まって顔がよく見えない。 うつむき加減で意識して隠すように、帽子を深く被っているようだった。 一方坊主頭の…

箱舟が出る港 第二章 一節 波浪 三

アメリカ合衆国大統領、ケント.アンダーソンは、執務室でその電話をとった。 直前に、日本の高根沢雄一朗総理大臣と電話会談していた。 今度も同様に、着信にはNoritaka Ichizimaが表示されていた。 テレビ電話である。 アンダーソンも高根沢も元は医者であ…

箱舟が出る港 第二章 一節 波浪 二

平磯海岸と呼ばれている。 コンビ二の駐車場には、沢山の車が止まっていた。 水戸、土浦ナンバーを中心に、品川、練馬、八王子、千葉、野田、習志野、 宇都宮、群馬など他県の車輌も多く駐車されていた。 海の家は高いからだ、コンビ二で食べ物や飲料を買う…

箱舟が出る港 第二章 一節 波浪 一

「が、学長っ!観測衛星どころでは ありませんっ!!」 理工学部長、木下政春が内線電話の向こうで 喚いている。 木下だけではない、男女の悲鳴が怒号が 罵声が、その後方から聞こえて来る。 木下の声よりむしろ大きい。 市島は電話口をこれ以上ない程に、 ぎゅ…

箱舟が出る港 第一章 二節 漣 四

暦の上での 季節は、晩秋に 入ろうとしていた。 相変わらず 異常に気温が高い。 蝉は勿論の事、 蝶、カブト虫、蚊、 蛇、トンボ、蝿、 向日葵など夏に現れる 全ての昆虫、爬虫類、草花が今だ 活動している。 動きを辞める兆候など、ひとつもなかった。 10月…

箱舟が出る港 一章二節 漣 三

長い静境を 語るように、 超豪華客船 ミリオンダラー号の 波動は、 真直ぐな軌跡を 後にしていた。 ミリオンダラー号は サンフランシスコ港を出、 一年間で世界一周を旅する。 値段は文字通り百万ドル、日本円にして約一億一千万である。 ―――金持ちは居るも…

箱舟が出る港 一章 ニ節 漣 二

エドウィン・E・ オルドリン。 アメリカ合衆国 宇宙飛行士。 人類が初めて月に到達した、 その時のクルーの一人である。アポロ11号。 1969年7月の事であった。 月での活動、 後に多くの体験を語ったが、 就中オルドリンの言葉で 最も興味深いものは、宇宙へ…

箱舟が出る港  第一章 ニ節 漣  一

アスファルトに 陽炎が乱舞している。 陽炎は渦を巻き、 ある匂いを纏っていた。 それは線香の香りにも似、 哀しくもはかなく 懐かしいものでもあった。 妖気。 これもあちこちに流れていた。 その日は大漁であった。 真鯛を主にして、ヒラメ、カレイ、シロ…

箱舟が出る港 一章 渚 四

空調が程よく効いていが、 粘っこい体感。 外はおそらく30度を越す はずだ。 ツクツクボウシの 別離のハーモニーは、 吸盤のように 未だに消える気配がない。 底知れぬ不気味な集団となり、季節を止めていた。 夏に現れる生物は、未だ消える気配がないのだ‥…