2007-01-01から1ヶ月間の記事一覧
午後21.30分を少し過ぎていた。 煙草屋でセブンスターをツーカートン買い込むと、 伏見実は辺りを見回した。 人の嗜好はまちまで、権利がある。 煙草を吸う権利だ。 たが、大学病院の事務長と言う立場からは、あまり勧められた嗜好で はあるまい。 その辺を…
月世界。 アルフォンサスクレーター、地下20キロ。 スペード型の滑り帯びた黒色の大理石に置かれた真紅のオベリスク 状の建造物は、都市の中心であろう。 高さは二千メートル程であろうか。 それは驚くことに【水】で建造されていた。 天空はどこまでも、不…
腐った魚が、無造作に路上に放り投げられた。 腐ったというより、賞味期限が切れた、と言ったところか。 売るか捨てるか、鉢巻親父が迷っていた、アイナメである。 アイナメの死んだ眸は、己が身の回りに円を描き、 放射状の意思を投げかけている。 トン、と…
より蒸し暑い、深夜であった。 クーラーの調節を変えようと、大介はロッキングチェアから物憂げに 立ち上がった。 設定を20度にしているが、体感温度は、この七月まで投げていた、 あの真夏の陽炎揺れる、グラウンドより高い。 郡司大介は、常央大付属大洗高…
男が帽子をゆっくりと脱ぐのを、高月美兎は微かな笑みを湛え見つめて いた。 男は腹部をさかんに気をしているようだ。 ガンジスリバーで食べたと言う、人間の臓物をあらかた吐き出したようだ。 何者かに強烈な打撃を弱点である腹部にお見舞いされたのだ。 そ…
四つ角を曲がると、チワワが佇んでいた。 「可愛い、ちょーかわいい!!」 愛らしい姿に、四人の女子高生は歓声を上げた。 まるで待っていたかのように、クゥーンと啼いて、四人に近づいた。 一人がチワワを抱き上げた。 円らな瞳が四人を見つめていた。 「ど…
五ミリほどの厚さ、 A3サイズの茶封筒の裏に 小さなX印があった。 よほど慌てていたのであろう、 鉛筆で書かれた【X】は カタカナの【メ】 にも読めた。 「分っているさ、 鈴元大樹経理課長...」 雨貝は拳を握り締めた。 茶封筒は市販されている素のものであ…
常盤製薬工業株式会社つくば研究所。 薬理棟、織原研究室。 「それでだ、結論から申し上げる。法医昆虫学の立場から、死亡推定時刻は 2006年10月19日午前二時半前後、であると思われる」 常盤製薬研究員、織原茂樹はいともあっさりと言い放った。 「早いです…
ここは...冥府か?... 現れた犬の姿を見て、改めてそう思った。 ...間違いないだろう 常央大病院で突然襲った胸の痛みは既に消えていた。 あの時,そう、喘ぎながら仰いだ満天の星空はスクリーンとなり、 己の歴史を写しては消えていた。 母親の子宮から出る刹…
チューブ状の細いものが無数にあった。 くねくねと交差しては互いが波打ち、 恰も何かを形作る意思を持つパーツのようであった。 幾何学的な模様、蜘蛛の巣のような形が赤く刻印され、 チューブの中にも意を異にする、さらにより細いチューブが 抱擁されてい…
2006年10月23日。 磯前五平は 鹿児島駅に着いた。 ここ鹿児島でも例外なく、 相変わらず秋の様相は 見当たらない。 無風である。 太陽は何かの意思に逆らえず、 諦観したように、 意固地になったように、半ばやけくその如く、 これでもかと大地に灼熱を叩き…
ジム.スタンフォード の眼は遠い昔を捉えていた。 今も網膜に漆黒と 刻印された、 それは不思議なフネであった。 アメリカ太平洋艦隊は空から、 海から、そして海中から 何発の機銃を爆弾をそして魚雷を 叩き込んだか分らない。 尋常であれば、 とうに沈没し…
常陸那珂川。 太平洋に流れ込む 那珂川水系の本流で一級河川である。 流路延長150km、流域面積3,270km2。 昭和十七年三月、那珂川に一隻の大型漁船が運び込まれた。 第一磯前丸。 排水量 135トン、全長 110メートル、 幅 8.5メートル、吃水 2.1メートル、速…
昭和十六年12月、 大日本帝国は真珠湾を攻撃し、 太平洋戦争の火蓋が切られた。 戦争などすべきではあるまい... 高根沢を始め大風工業所の 面々は苦渋に満ちた眼を 向けていた。 しかし戦況は甚だ旗色悪く なり、一人また二人と社員にも 召集令状が届いた。 …