2007-01-01から1ヶ月間の記事一覧

箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 六

午後21.30分を少し過ぎていた。 煙草屋でセブンスターをツーカートン買い込むと、 伏見実は辺りを見回した。 人の嗜好はまちまで、権利がある。 煙草を吸う権利だ。 たが、大学病院の事務長と言う立場からは、あまり勧められた嗜好で はあるまい。 その辺を…

箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 五

月世界。 アルフォンサスクレーター、地下20キロ。 スペード型の滑り帯びた黒色の大理石に置かれた真紅のオベリスク 状の建造物は、都市の中心であろう。 高さは二千メートル程であろうか。 それは驚くことに【水】で建造されていた。 天空はどこまでも、不…

箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 四

腐った魚が、無造作に路上に放り投げられた。 腐ったというより、賞味期限が切れた、と言ったところか。 売るか捨てるか、鉢巻親父が迷っていた、アイナメである。 アイナメの死んだ眸は、己が身の回りに円を描き、 放射状の意思を投げかけている。 トン、と…

箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 三

より蒸し暑い、深夜であった。 クーラーの調節を変えようと、大介はロッキングチェアから物憂げに 立ち上がった。 設定を20度にしているが、体感温度は、この七月まで投げていた、 あの真夏の陽炎揺れる、グラウンドより高い。 郡司大介は、常央大付属大洗高…

箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 二

男が帽子をゆっくりと脱ぐのを、高月美兎は微かな笑みを湛え見つめて いた。 男は腹部をさかんに気をしているようだ。 ガンジスリバーで食べたと言う、人間の臓物をあらかた吐き出したようだ。 何者かに強烈な打撃を弱点である腹部にお見舞いされたのだ。 そ…

箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 一

四つ角を曲がると、チワワが佇んでいた。 「可愛い、ちょーかわいい!!」 愛らしい姿に、四人の女子高生は歓声を上げた。 まるで待っていたかのように、クゥーンと啼いて、四人に近づいた。 一人がチワワを抱き上げた。 円らな瞳が四人を見つめていた。 「ど…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 七

五ミリほどの厚さ、 A3サイズの茶封筒の裏に 小さなX印があった。 よほど慌てていたのであろう、 鉛筆で書かれた【X】は カタカナの【メ】 にも読めた。 「分っているさ、 鈴元大樹経理課長...」 雨貝は拳を握り締めた。 茶封筒は市販されている素のものであ…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 六

常盤製薬工業株式会社つくば研究所。 薬理棟、織原研究室。 「それでだ、結論から申し上げる。法医昆虫学の立場から、死亡推定時刻は 2006年10月19日午前二時半前後、であると思われる」 常盤製薬研究員、織原茂樹はいともあっさりと言い放った。 「早いです…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 五

ここは...冥府か?... 現れた犬の姿を見て、改めてそう思った。 ...間違いないだろう 常央大病院で突然襲った胸の痛みは既に消えていた。 あの時,そう、喘ぎながら仰いだ満天の星空はスクリーンとなり、 己の歴史を写しては消えていた。 母親の子宮から出る刹…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 四

チューブ状の細いものが無数にあった。 くねくねと交差しては互いが波打ち、 恰も何かを形作る意思を持つパーツのようであった。 幾何学的な模様、蜘蛛の巣のような形が赤く刻印され、 チューブの中にも意を異にする、さらにより細いチューブが 抱擁されてい…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 三

2006年10月23日。 磯前五平は 鹿児島駅に着いた。 ここ鹿児島でも例外なく、 相変わらず秋の様相は 見当たらない。 無風である。 太陽は何かの意思に逆らえず、 諦観したように、 意固地になったように、半ばやけくその如く、 これでもかと大地に灼熱を叩き…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 二

ジム.スタンフォード の眼は遠い昔を捉えていた。 今も網膜に漆黒と 刻印された、 それは不思議なフネであった。 アメリカ太平洋艦隊は空から、 海から、そして海中から 何発の機銃を爆弾をそして魚雷を 叩き込んだか分らない。 尋常であれば、 とうに沈没し…

箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 一

常陸那珂川。 太平洋に流れ込む 那珂川水系の本流で一級河川である。 流路延長150km、流域面積3,270km2。 昭和十七年三月、那珂川に一隻の大型漁船が運び込まれた。 第一磯前丸。 排水量 135トン、全長 110メートル、 幅 8.5メートル、吃水 2.1メートル、速…

箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 十二

昭和十六年12月、 大日本帝国は真珠湾を攻撃し、 太平洋戦争の火蓋が切られた。 戦争などすべきではあるまい... 高根沢を始め大風工業所の 面々は苦渋に満ちた眼を 向けていた。 しかし戦況は甚だ旗色悪く なり、一人また二人と社員にも 召集令状が届いた。 …