箱舟が出る港 第六章 二節 装束 十二

murasameqtaro2007-04-19

「常央大洗は
セーラー服だね。
ブレザーが主流
となった今では、
珍しい。
セーラーの白く薄いスカーフ。
私に羽衣を印象付ける。
紺サージ、胸には白い錨の刺繍だ。
いい装束だね。
・・・錨は、何を表すか知っているかね?」


山中社長は"緑"色の正露丸のような物を、水と一緒に飲み干した。
青い香りがして、何故か真理の心に、感じたこともない心地よい
草原が広がっている。
「・・・いえ、知りませんが?」
コーヒーにシロップを入れて、真理は太ももをきっちりと、隙の無いほどに、
正した。
「信仰の証しを表した讃美歌です。風と激しく波立つ闇夜も、体に碇をおろして
安らぎなさい。つまり、大人になる過渡期には様々な激動がある。揺れがある。
いかに変化があろうと、この世に現れた時の無垢な心を忘れるな・・・と
私なりに解釈はしている。思春期に人は変る。良くも悪くもです。この時期に
人格の基本が完熟されるといっていい。お嬢さん、いや失礼、小糸君。貴女は
ご両親が離婚され、少し白が汚れてしまいましたね?」
コーヒーカップを置いた真理は、遠い目をしている。


行かないでママ、と叫んだ、セピア色のバス停。母は涙を流し、バスの中から、
何度も何度も手を振った。
セーラームーンのピンクの靴を見つめながら、母を乗せたバスを見送ったのは、
あれはいくつの頃だっただろうか・・・。
時は流れ、母の顔がやがて白く薄くなって行く頃、反対に真理の心に煤が住み
着いてしまった。


「小糸くん、お母さんに会って見たいと思うかね? 」
真理はぎょっとした。今心に思ったことを、山中社長に読まれた気がした。
履歴書には母の名は無い。しかし、死亡したのか、離婚したのか、分らない
はずだ。聞かれてもいない。心胆を寒からしめる風が、中山の体から
流れて来た。
「何故それを知っているの? アタシ、気味が悪いわ・・・」
「これが何か分るかね?」
右手のひらを開いた中山は、メモリーチップのような小さなものを、
テーブルに置いた。
「分りません!」
「まあ、そんなに変な顔をしないで欲しい。これは君の心の全てを読んだ機械
だよ。先程面接差し上げた、ロボットの大島と花形のCPUと連動している。
つまりロボットが得た情報が、転送されてここにあるという事だ」


「そんなバカな事が・・・おじさん、おかしいんじゃない?」
「あるんだよ、小糸君。君が思っている程巡行日立は、まぬけな会社では
ないさ。自惚れではなく言おう。世界一小さな大企業だ。君の心を読んだ
ハート2、及び3号の兄貴が、今宇宙にいる。観測衛星やまぐもの名を、
君も聞いた事があるだろう。常央大学が打ち上げたからね。
心【ハート】1号は、やまぐもの司令塔なんだよ。我社の設計製作だ」
「そんなことはどうでもいいわ、ワタシ帰ります!!」
「待ちなさい、真理さん!」
コーヒーを運び、そのまま面接室のソファに座った皆藤奈々が、静かに
口を開いた。
「私の話を聞いてからでも、遅くはないわ」
「何よ、オバサン?」
「話しはまだ終わっていません。お母さんの消息を、真理さんは知らない
でしょう。つらいかも知れない話だけど、これも直ぐ癒えるから聞いて
頂戴。・・・お父さんと離婚した後、自殺したわ。あなたに何故、巡行日立
がこだわるのか、そのわけを教えてあげる」
「えっ!?」
真理はピンクの靴とバス停を再び思い出した。