箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-10-11

照葉樹が多い。
高木に遮られ
一切陽の届かない場所に
菊村夜太郎はたどりついた。
難台山は照葉樹林帯である。
照葉樹林とは、
森林の形の一種で、
温帯に成立する
常緑広葉樹林の一つの型を
指す言葉である。
構成樹種に葉の表面の照りが強い樹木が多いのでその名がある。
照りは太陽の恩恵を受けすくすくと育つが、育ち過ぎて地面を省みる事がなか
った。
葉の散る冬にもなれば、骨のようなか細い枝は、あたかも天に祈りを捧げる不幸
な者にも見える。
たかが533メートルの森林とも言うべき難台山であるが、人が入った事がないだ
ろう暮景を凝縮した薄い黄色の中で、菊村は微かな戦慄を覚えた。


愛犬岩鉄号を前に肩に猟銃を掛け、上ってから二時間。
今だ、ただの一匹の猪にも遭遇していない。
けもの道の界隈に目標は居ないと思った菊村は、これでもかと遮るブッシュを鎌
でなんとか掻き分ると、急に視界が開け、巨大な石を積み上げた門のようなもの
があった。
その向こうには、直径10メートル程の土俵に似た丸い地が剥き出しになってい
る。
その中央に門よりも半分位の高さの長方形の石が屹立していた。
菊村は息を呑んだ。
岩鉄号は門のような石の前でしゃがみこんでしまっている。
わーん、わーんと山彦が咆哮した気がする。
空気がゆっくりと渦を巻き、吐息のように空へと舞い上がる感覚が身を襲ってい
る。
どくん、どくんと心臓が鳴る。
体がぐるぐると回っている。
菊村は辛うじて、その石の門まで歩くと腰をかがめ一時の体の均衡を求めた。
―――幻覚か・・・
頬を思い切り抓ってみたが、痛みがある。
上空から千歳行きと思われる旅客機の音がする。
土俵のような円を訪れようとする誰かの為に迎える岩石の門は、確かに存在して
いるのだ。