箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-10-12

カシュ・・・。
100円ライターを
何度も点けようとする。
可燃性高圧ガスの
残りは見えない。
吸えない煙草にイライラした小糸真里は、
私の恋に似ているな、とライターに呟い
て、自販機前のゴミ箱に無造作に捨てた。
男の心を振り向かせようとする灯火。
何度打ったか解らないライターは火種が尽きてしまった。
子守唄をもロックにしてしまう性格の真里だが、容貌だけでは全校でも上位に来
るだろう。
性格の悪さは同性に当然嫌われていたが、真里は意に返さない。
男子生徒に絶大な人気があるからだ。
女の輪の中では孤独でもかまわない。話相手が欲しい時は力づくで引っ張れば
よいのだ。文句がある奴はタイマンでケリをつける。
勝気で男心をくすぐる技術を習得している彼女にとって、女友達などは眼中にな
いのだ。
―――いつか玉の輿に乗り、将来は贅沢な暮らしをしてやるんだ。
真里の心情であった。
常央大大洗高校は、文武両道の進学校であり、例えば武ならば野球が超有名だ
った。
甲子園に出場する事春夏合わせ17回。内優勝2回、準優勝3回を誇り、プロにも
毎年のように逸材を送り込んでいた。
尤もこれは現総監督の森内が全て残した功績で、太田垣にとって二年目の
今年は監督としての真価が問われる。
軍司大介は関東No1と言われる大型左腕で、入学の時からプロの注目を浴びて
いた。
二年前一年生エースとして、夏の甲子園で優勝の原動力になったピッチャーで
ある。
MAX149キロの真っ直ぐと、高校生はおろかプロでも珍しい高速ナックルは、
プロ入りしても即戦力になるだろうとのもっぱらの噂であった。
白川広。
こちらも関東屈指の大型スラッガーであり、熱い眼差しを受ける。
高校通算59発の本塁打も卓越ものであるが、白川は打だけでなく、走守も超高
校レベルと言われている。
投打 の両輪。
この二人に対しどのようなマスコミも評論家も絶賛を浴びせ、価値たるもの
契約金一億円以上という相場であった。
小糸真里は一年の夏からこの二人に目をつけていた。
軍司、白川とも当然の事ながら長身であるが、やぼったい容貌ではある。
ニキビの中に顔があり田舎臭い頬の赤い軍司、目が蜂にでも刺されたように
腫れぼったい白川。
野球が無かったらふたりとも女の子にチェックされる容貌ではない。
イケメンなら主将の甘粕大地が一番だった。
しかし大地は地味なセンターであり、高校野球までは確かにエリートであるが、
その延長、すなわち大学球界やノンプロでレギュラーを取れるかどうかは怪しい。
プロ入りなどは勿論論外である。
真里の心に言わせれば、問題外の甘粕大地であった。