箱舟が出る港 第二劇 二章 メタモルフォーゼ

murasameqtaro2007-11-04

誰しもが考えること、
思うこと。
死んだらどうなるのか、
という事。
己が葬式の日までが、
考える時間である。
長いか短いかは、知らない。


死んだら・・・?
まだどうなるのか分からない。だが山口博はその途上の中で様々なものを見た。
ひとつ。死ぬと魂が宇宙空間に出る、機能を停止した透明な生前の肉体を持った
ままに。
ふたつ。星星の姿を確認した刹那、螺旋状のチューブのようなものに包まれる。
喜怒哀楽などなにもない。
みつつ。地球は何重とも知れぬ透明な幕に覆われているらしいとのこと。
それは上位存在が居ることを意味する。人が神と呼ぶ者が居る場所である。
よっつ。燐の炎に包まれた、鍋島慈形の話では、チューブの先には地上で言う
閻魔大王が居て、生前の罪を審判すると言う。これが最も分かり易い上位存在
だろうということ。
いつつ。輪廻転生の為、地上に降りる装置がもう一本の螺旋状のチューブで
ある。
チューブは雌の子宮に繋がっているらしいということ。


黄昏の時に舟が港に着く様は、葬儀の光景に似ている。昼なのに暮れなずむ
景色は、太陽に暇を貰い、休息を死者に祈る時間でもある。喪服を着た者に
影などは無い。
影なき者が舟の到着を待つ。
塩辛きいのち、海の香り。
振り返る事の辛さを尋ねはしないが、日没の残照を運んで来たと首を無くした
石地蔵の船頭が、言う。


山口は霊界へ行けないと鍋島はいう。何故か分からない。ならばどうなるのかと
問う。
地上へ戻すと鍋島は言う。但しヘリオポーズなるひとつ目の幕が破られたらの話
だった。
ヘリオポーズ。簡単にいえば宇宙空間に存在する壁を意味する。己が行き先に何
の関係があるのかは分からない。
今、断じて言える事はふたつだけ。ひとつめの透明な幕の向こう側には霊界があ
るという事。
そして、宇宙船ボイジャーが戦闘行為をしているという事。
壁の向こう側から襲来する未確認物体と戦う為打ち上げられたという。
すると人類は霊界との関係をすでに解明していた事にはならないか?
幽霊にマシンガンを討っても何の意味も効果もないだろう。ボイジャーは人工体
であり、物質界のものであり霊界のものではない。
肝要なのは、いずれも物質界に存在するものであり、霊界という精神世界の部分
とは関係がない事だ。
ならば向こう側の敵に対してのみ、有効な武器なのか? 違うだろう。
ボイジャーも敵もひたすらヘリオポーズを破壊するための媒体なのであろうか。
山口の眼下には果てしなき大宇宙が広がっている。
その一点に過ぎない星のひとつが、俄かに迫って来る感触がある。
点から円へと、濃霧の中の丸い街路灯のように、輪郭さえ定かではないものの、
確かに巨大化している。
「帰る舟が現れたようです」
こころに硬い鉛筆で書き込まれる宇宙空間での会話。燐の炎の中、鍋島の輪郭
もまたその中の濃霧にある。
「帰る・・・蘇生すると?」
「いや、メタモルフォーゼ(変身)です。帰ってみれば理解出きるはずです」
「鍋島さん、貴方は、あなたは、いったい何者なのです?」
「だから前にも言ったでしょう。ただのいい加減な男ですと。そして山口家を
守る寺の住職ですと。地上界でやがて会いましょう」



火の粉を受け、妻と子を守っていると思っていた。
横浜アリーナ指定席A11.12・13。A12は手垢にまみれたタッキー&翼のコンサ
ートのチケット。
「パパとママとゆかでねぇ、一緒に行くんだぁ!」
一緒にいくんだぁ・・・。やまびこがそう言う。
一時も放さず握り締めているのよと妻が話していた。
大人の視点でたいした夢ではないと思っていた。もっと大きな夢がまだまだ先に
あるはずだから。
だが・・・娘・・・我が娘ゆかよ。君にとっては今が大切な時間だったんだ
な・・・。大切な思い出が欲しかったのかい、ゆか?
ヒノコヲウケ、ツマトコヲマモッテイルトオモッテイタ。
お父さんは何を勘違いし、迷っていたというのだろう。
そうだ・・・今捨てては逝けなかったのだ・・・
許されるなら、戻れるのなら、もう一度・・・もう一度・・・