箱舟が出る港 第二劇 二章 メタモルフォーゼ

murasameqtaro2007-11-03

地球の生命の誕生の謎。
そして水とは何か ?
ふたつは同義語だ。


水は実に不思議な物質である。
例えばコップの中の氷をみつめる。
氷は水面に浮かび上がる。
同じ体積の水と氷では、氷の方が軽いから
起こる現象だ。
同じ体積で比較した場合、個体のほうが
液体より軽いという性質を持つ物質は、
水の他にシリコン、チタンなどの数種類
しか存在しない。
多くの物質は個体のほうが液体よりも重いため、固体は液体の中に沈むのが
普通である。


・・・生命はその水の異常さを巧みに利用していると言える・・・


海の【水】には、ありとあらゆる元素が溶けている。地球上に存在する全ての
元素が溶けていると言われている。就中、尤も多く溶けているのは、ナトリウム
と塩素と言われている。
人間の体の中の6割は水である。その水の3割が血液と組織液、7割が細胞内部
の水。人体をめぐる血液や組織液に溶けている主たる元素もまた【海の水】
同様ナトリウムと塩素なのである。
さらに血液・組織液の中には、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどが溶け
ている。これらの元素もまた海水にも多く溶けている主たる成分なのだ。
ヒトの体と海の体。その元素は濃度こそ違うものの、実によく似ているでは
ないか・・・


水が無かった・・・魚を始め一匹の生物もいない・・・
1対9分けの長谷部専務の頭髪が落ち武者のように崩れた。
池の中心まで走り、水の逃げ場を注視したが、破損などの異常はない。
近くを流れる利根川系の支流へ移動した気配はないのだ。
やはり逆流である。最悪を観念した。
「鍵がかかってまして、バールで壊して入りました。ポンプ小屋のモーターは動
いてません。電源はOFです!!」
若い社員がはあはあと息を切らせている。防火訓練の際、死んだ山口がここの鍵
を開閉していたのを思い出す。
仮に工場に火災が生じた場合、ポンプ小屋の電源をONにして、池から水を排水
溝まで汲み上げる。
原因の一番高かったものを否定されたとき、斉藤がようやく傾斜を駆け下りて
来た。
「構内へ誰か指揮に行かせたか!?」
ノックアウトされた時の心のよろめき。長谷部の鼓動は上に見える工場への50度
の傾斜より遥か上空に直角にススのように登っていく。
会議をするべく集まった幹部は、全員水の無い調整池に腑抜けのように集結して
いる。
「いいえ・・・まだ」
「馬鹿者! 俺は構内に水がし・ん・に・ゅ・う・し・た・と言ったはずだ!!その耳
たぶを叩き切ってくれようか!?」
―――烏合の衆めが!!
ツバを飛ばす長谷部の顔は蒼白だ。
製造課長と業務課長が慌てて工場構内を目指す。
「保険は ? 」
「はっ、入っているはずです・・・対象は完成品と材料・・・そして? 総務に確認、
総務・・・!?」
頼みの山口はすでに居ないのだ。
「はずだとォ!? お前それでも工場長か!? なんでもかんでも総務かっ、ええ、斉藤
よ!? いつもその調子じゃなかったのかィ!!」
―――ガチャーン!!
その時地鳴りとともにガラスの割れる音があちこちで銃撃のように聞こえた。