大山倍達伝 一

murasameqtaro2010-08-22



焼け野原に立ち竦んだ大山は夕日を見ていた。
倒壊した家々、瓦礫、乳のみ子を背負ったやせ細った女、闇市の賑わい、進駐軍ジープ。
風のボリュームをあげろ!争いは肉体の中から出てくる!
されど明日朝日が昇るのだろうか・・・大山は夕日の中に未来を見え出せなかった。
よく漫画に出てくる光景である。
それは安藤昇が経験した虚無感に似ている。もっとも職業軍人はもとより、殆どの日本人が体験した陽光のない灯りであったに違いない。


安藤は特攻隊出身で、国の為に殉じようとしたが、敗戦後戦後のヤミ市で愚連隊として暴れ、やがてスマートな暴力団東興業(安藤組)を構える。
大山も例えばGHQや三国人(チョン公)相手に、大暴れして山に逃げる事になるが、軍国主義を叩き込まれたふたりにとって、敗戦は切実な絶望を感じたのだろう。
自棄というわけではない、日本という狭い国家を認識し、とても敵わないアメリカ・・・ならば日本一の『力』になってやろうと決意したのではあるまいか。
中国人に借力(クーリー・中国拳法)学んだ大山は、山梨飛行学校(現・日本航空高校)に進学すると本格的に空手を学ぶ。
やがて寸止め(体に当てない)に疑問を持ち、独自の体系を築きあげる。巷に言われるケンカ空手である。その一歩が山ごもりでの荒修行だった。


まず下界に降りられないように眉毛をそり落とす。浮世との別れだ。今の時代ならば眉毛のない若者などごまんといるが、当時は実に奇妙な目で見られたと思う。
大山は人気のない山林を探しテントを張る。飯盒と少しの食料。残りは山菜でも取るつもりだったらしい。
空手の修行には絶好の場所、岩石もあり大木もあり、勾配が険しい獣道もある。
まず裸足で山を駆け巡る、準備運動である。呼吸を整えた後型を無視した実践の練習に励む。
大木に突き蹴り手刀を入れ、岩に蹴りを入れる。拳は鮮血が流れるがそんな事はかまわない。叩けば叩くほど拳は鈍感になる。ついには鉄を叩いても痛さは感じなくなる。しかし手首の骨だけは耐えられない。大山の鍛錬は人間離れした力を持つが、それは物理的に人間が持つ最大限の力を纏ったに過ぎない。


〜続く〜