置き引きにあう

油断も隙もありゃしない


その間たった数分。
かわいそうだろ、小さな巾着に入れた三枚の千円札と小銭・・・
近くにはそう短い命ではない者がいるというのに・・・



親父が入院している病院の側にドラッグストアがある。
介護用の紙オムツと自分用のスキンクリームを買いに、
老いた母親が店内に入っていった。
私は何も購入するものがないので車の中で待っていた。
黒いワンボックスから30代と思われる母親と子供三人が出て、
母親の後から店に入っていった。
入り口に止めていたし出入り客は容易に見れたが、
見張っていたわけじゃないので、全てを観察していたわけじゃない。



母親が出てきた。時間にしてものの五分程度だったか。
紙オムツも馴染みのクリームも陳列している場所が解っているので、
早かった。
これは店内にあまり客は居なかった事も意味する。



後部席に乗り込んだ母親に、
「細かいのあるかな?万札しかない、自販機でコーヒー買いたい」
「ああ、あるよ。ちょいとまってな、あれ?」
「どした?」
「財布がないよ!」
「何?ちょいと、どいてみなよ!」
後部座席周りを見た。落ちてない。
「袋にこれ入れる時置き忘れたかな?」
「すぐ行ってみ。俺は床を探す!」
ワンボックスへ戻る三人の親子とすれ違う。



「落ちてなかったと言っているよ・・・」
レジで聞いた母親が肩を落とした。
「ならば俺が行こう。監視カメラがあるはずだ。
開示してもらうか」



「店長出してくれるかね」
店長が出てきた。
薬剤師の名称をつけた頭の禿げ上がった初老の男である。
「解りました。観てみましょう」
「どのくらい待ったらいいですかしら?」
「申し訳ありませんが10分ほど下さい」



その時間を利用して店内を見回す。
案の定客は殆ど居ない。



「何が入ってました?」
「Tカードと千円札三枚、そして小銭と話してましたね」
店長は下を向きながら
「残念ですが写って居ませんでした・・・」
「何?」
そんなはずがあるまい。
万引き防止も大切だが置引防止も大きい。
レジすぐ横に品物を袋などに入れるスペースがある。
「お母様は確かに巾着を持ってましたね。レジで確認しました。
しかし横は写っておりません。監視外です・・・」
すまなそうに言った。
失敗したと思った。



巾着には万札十万程度、クレジットカード、金庫の鍵、免許証、
遠縁が勤める県警本部の名詞、などなど話したらどうしたか?
三千円程度ではおそらく問題にしなかったのだろうと。
盗る方もリスクがある、いたるところにカメラがある。
この場合婆さんがひとりで自転車で来たのだろう、とでも思ったか?
切羽つまった家計だったか?
舐められたものだが・・・
まあ、カメラに撮影された程度では、
置き引きの逮捕は難しいだろう。
現行犯ならともかく・・・



「諦めるんだな」
母親に言った。
「警察に被害届、出そうかねぇ・・・」
「いや、本気で動いてくれないよ、あの程度では。
大型トラック盗難にあっても警察は動かないよ。
被害届出した頃にはトラックはすでに船の中
というケースもあるらしい」



実は私も二年前の冬、
このドラッグストアに近いスーパーで財布を落とした。
免許証、銀行CD、診察券などと小銭。
とうとう出てこなかった。
そしてもう12年ほど前の夏になるが、万札七枚、会社のセコムカード、
免許証など入った財布を、大洗港に近いスーパーで落とした。
これは幸い出てきた。
スーパーから遠い那珂湊警察署から連絡があった。
ただし金銭はなかった。



郵便局員が来た。
うちのポストにお母さん名のTカードが入ってまして、
届けにきました。
そう遠くない郵便局だ。
巾着の中には当然金銭はないが、良心の呵責があったのか?
年寄りの小銭を盗った罪悪感があったのか?



日本は落とした物が戻ってくる良心的な国だという。
しかしそうではない。
それはふた昔以上前の話である。
今や日本はそんな甘い国ではなくなってしまった。
財布拾って届けたよ、
その話は何度も聞いたことがあるし、私も駅に届けたことがある。
けれども哀しいかな・・・もはや過去の話である。




★★★★★★★★★★★★
どなたか私原作の、箱舟が出る港、他ショート作を
漫画化してくれませんかねw
自分でやるつもりでしたが、
画力も時間もなく諦めました。


この駄ブログは当初小説でした・・・
最初のほうにありますが、港は大変長く、
されど全面改訂で完結までいたってます。
現在非公開です。
近く他サイトにて発表いたしますが・・・