箱舟が出る港 第一章 二節 漣 四

murasameqtaro2006-10-02

暦の上での
季節は、晩秋に
入ろうとしていた。
相変わらず
異常に気温が高い。
蝉は勿論の事、
蝶、カブト虫、蚊、
蛇、トンボ、蝿、
向日葵など夏に現れる
全ての昆虫、爬虫類、草花が今だ
活動している。
動きを辞める兆候など、ひとつもなかった。
10月も半ばであるにも関わらず、全国各地の海水浴場は連日満員であった。
デパートをはじめとする衣料品売り場は、冬物を並べてはいるが、
殆ど売れなかった。
一方各地で水不足が深刻な問題となりつつあった。
高松市では一日の水の使用量が制限され、最近まで姉妹都市である水戸からも
水を供給していた。
尤も水の都水戸市にしたところで、今や援助は限界近くに来ていた。
太平洋にかかる涸沼川も底が見え始めた。利根川那珂川、鬼怒川、小貝川も
しかり。
霞ヶ浦、北浦、涸沼などの湖沼では、面積が0.2パーセントほど干上がり
縮小され、その形を変えつつあった。
茨城県も、もはや高松どころではない状況にさしかかっていた。
いや、茨城、高松どころではない。世界中、が。



豪華な事務机の上に、金属製らしい、あるものが置いてあった。
形はナス型のフラスコに近い。
色は銅に似ている。
赤みががって、つやがある鈍い光を放っていた。
20立方センチ、牛乳瓶ほどの大きさで、重さは8キログラム。
常央大学学長、市島典孝はそのフラスコを手にとった。
似ているのは形だけであり、液体などを入れる部分などはない、塊であった。
直径5ミリほどの穴が下部に、10ミリほどの穴が上部にあった。
それだけであった。



学長室には誰もいない。秘書に退出を命じ、金庫からそれを取り出したのだ。
超極秘物質であり、市島以外三名のみがその存在を知っている。
大切な初孫を抱くように、両手でフラスコを上げ、様々な角度から眺めた。
塩の塊のような白い突起が、露のように、張り付いている。
塩素を含んだ合金などは、現在の科学では作れない。
‥・ならば地球上にない鉱物だろう‥・。
その鍵が、ある。神秘の光景であった。
カーテンを開けた。
水戸市内が一望できる。
フラスコを手にし、ゆっくりと立ち上がり窓際に歩いた。
フラスコの下部の穴を覗いた。丁度午後三時。この時間だけしか、
【その姿】は見えないのだ。
望遠鏡を見るように、筑波山方向へフラスコを向けた。
目の前に大きな滝が見える。
流れているものは水ではないようだ。
銀白色のうねりが見える。例えるなら、水銀に似てはいる。
水銀が果てが見えぬ天空から振り、向こう側を遮断している。
後方から大きな物体が数個、飛来した。
隕石である事が確認出来た。
隕石は滝に激突しようとしている。
瀕死の凄まじさを纏っていた。
隕石が滝に激突した。
滝は弾力性も秘めていた。隕石は滝に抱擁されるかのように、
側面を飛沫を上げ滑りながら、どこまで続くのか果て見えぬ底へと落ちていった。



続いて三角形の物体が飛来した。
下部には半月形の【居住区】のようなものがある、大きな物体であった。
居住区には明かりがあった。何者かが操る物体であった。
【居住区】から小型の物体が分離された。
銀色で高さのない、薄い紙のような物体であった。
もはや異星の者が存在し、彼らが操る高度な機械である事は
疑いがなかった。
小型物体は滝の前に静止した。
暫く上下へ移動していたが、やがてその位置に止まった。
小型物体の先端から光りが滝に向かって放射された。
しかし光りは滝を貫通する事なく、隕石同様底へと流れて行った。
‥そこまでであった。
すぐに筑波山の見慣れた形が現れた。
フラスコはある種の望遠鏡である事を、市島は知っていた。
午後三時から決まって五分間だけ見える風景、あれは宇宙の果てでは
あるまいか?
―――公開しよう、時間が来たようだ
市島は決断した。
理工学部長を呼んでくれ、そして観測衛星やまぐもの最新のデータを
持ってくるようにと」
秘書を呼びそう伝えた。