箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 十

murasameqtaro2006-12-05

大木から
跳躍した
格闘家の体は
電光石火の如く
化け物の体に迫った。
所謂空手道の真髄、
鮮やかな三角飛びである。
それよりも早く上からの鋭い足の攻撃が、
まるでトンネルへ入る
新幹線のような音と風を纏いながら、
頬に摩擦傷をたたきつけた。
辛うじてかわしたが皮膚が深く裂けた事は確かだった。
鍛え抜いた抜き手を、攻撃をかわした瞬間、その腹部へ満身の力を
持ち叩き込んだ。
ゴムのような弾力に跳ね返される強い感触があったが、なんとかなる、
力任せに中指を押し込んだ。

ズッ...


果たして五本の指全てが、化け物の腹に食い込んだのだ。
生ぬるい体液を知った刹那、全体重を右腕に凝縮した。
掴んだものは骨だろう、そのまま抜き手で破壊出きるような
代物ではない。
骨を思い切り掴み手元に引き寄せると、その反動を利用して、
化け物の背中に跳躍した。
四本の羽が下降していた事が幸いだった。
一秒遅れていたならば、どうなっていたか分らない....
その背中に亀裂があった、性器かも知れない。
何匹かの蛆虫が、蠢いている、多分この化け物はメスであろう、
羽化させては大変な事になる事が伺える。
すでに何万という蝿が天空に飛び立ったのだ。
どこへ飛んだのかは知らないが、やがて凶暴になり戻ってくる、
必至だろう。


赤黒く開いた五十センチ程の縦の亀裂、そこへ無我夢中で
抜き手を放った。
一発で腕まで食い込んだ。
ドクン....波打つものがあった、心臓だろう。
思い切り握り締めた。握力には絶対の自信がある。
潰れろと絶叫を放った。
化け物は地に落ちた。
反撃の手が襲いかかると、慄きながらではあったが、その心配
は無かった。おそらく手足は自らの背中、後方に伸びないのであろう。
最後の最後の力わ振り絞り、心臓を渾身の力で潰しかかった。

ブシュ.....

りんご程の固さのそれは、見事に潰れたのを知った。
そしてなんとか勝った事も。
化け物は動かなかった。
....勝った
格闘家は満身創痍の体をなんとか横にした。
赤い空が見える。
雲が流れている。
鳥が集団でその空を横切って、消えた。
ハア...ハアと体全体で息を整えた。
その上に男の顔が現れた。


「お見事です、やりましたね」
「...あなたは、あなたは...」
「山中と申します。日本の大学で生物学の講師をしてます」
「あれは、剣道ですね...強い、あなたなら一撃で倒せたはず...
どうして...」
「あなたにお任せしたかと言いたいのでしょう?」
「ま、いいではありませんか。あなたは勝った、ミスター、ジョンカニンガム」
「私の事を知っている...?」
「ええ、有名な方ですから、ね」
迷彩服の東洋人は片目を瞑ってみせた。
「その熊は...何ですか?」
「ああ、X3戦闘グリズリーです、遺伝子工学で誕生しました。通常の熊の
五倍の力を持ってます」
「あなたは、いったい...いったい....?」
「だから大学講師です。そりよりも治療をしましょう。千切れた指も元通りに
繋げてあげます。そしてあなたは今日から私達の仲間になって貰います」
「...仲間?やつら、この化け物と戦う仲間...だと」
大きな蝿が倒れている。二度と動かなかった。
「そうです、そうです」
「何か起こってますね...」
「ああ、人類の存続がね。仲間...X1 X2 戦闘グリズリーが今頃月にいるはず
太平洋にもX4が居ます、さ行きましょう、化け物はX3が担ぎます、あなたは
私がね、近くにヘリコがあります 」
「どこへ?病院ですか?」
「そんな施設もありますな。エリア51という場所ですよ」