箱舟が出る港 第三章 一節 カタストロフィの日傘 九

murasameqtaro2006-11-24

男は間を置かず
返す刃で上段から、
斜め四十度程の角度で、
化け物の右手を
切りつけた。
赤い火花が散り、
金属の鈍い音がして、
纏った手の凶器が切断され
吹っ飛び、枝を切り裂き、
さほど大きくない木に突き刺さった。
切り落とせたはずだ。
計ったように、その鎧の一部を引っ掛け、外したのだ。
化け物は化鳥が発するような声を上げ、二三歩後退した。


「これで五分五分ですね。私の役目はここで終わり。さて、と
見物と参りましょう。ああ、羽に気をつけて下さい、まともに当たったら
死にます。ついでに言いますが、防護されているのは、手足だけです。
弱点は背中だね...腹もそれほど強くないね、おっとヤツの目を見ないで
下さい。三角飛びを使ったらどうです。抜き手で突いたら、宜しいかと....」
格闘家は男を見た。迷彩服を着けている。東洋人に見える。
彫りが深い、格闘家とおっつかっつの長身だ。
ただし細身である。頬がこけているが、暗さは感じられなかった。
理知的な印象を受けた。
目が合った。眼光は鋭いが、なぜか優しさを湛えている。
それよりも驚いたのは男の背後にいる熊である。
三メートルはあるだろう、巨大なグリズリーであった。


刹那的に格闘家は頷くと再び化け物と向かい合った。
俺は世界一強い人間だ。人間の名にかけて、倒してみせる。
矜持が蘇った。死からの脱出である。
炎のような闘志が格闘家の顔を朱に染めた。
安堵があった。何者か知らないが、味方が登場した。
神秘の力を湛えた東洋人、おそらく日本人であろう。
そして背後に従えた巨大な熊。ペットのように静かに立っていた。
化け物は凶器の手袋を切断され、うろたえているように、
動きが激しくなった。余裕が感じられない動きである。
格闘家というよりも、突然登場した村正を持った男に怯えている
ように見えた。
黄色い唾液を流しながら、化け物が跳躍した。
飛散した唾液は、草を一瞬で溶かしている。
格闘家の頭上で羽を鳴らし、攻撃のタイミングを計っている。

ブン!!

羽の音が高鳴り、風を起こした。
化け物の体がさらに高く浮いている。
空から攻撃されたら、おしまいだ....
格闘家は即座に悟った。
直ぐに後ろにある岩へ跳躍した。
岩から先ほどまでしがみ付いていた大木へと跳躍した。
化け物は四メートル程の高さまで飛んでいる。
ヘリのようにホバリングしながら、足を伸ばした。
丁度「く」の字型になり、攻撃の態勢を整えている。
その槍のように鋭く鋼鉄のような光りを帯びた足が、格闘家の頭を
目掛けて大きく伸びた。