箱舟が出る港 第三章 二節 箱舟が出る港 三

murasameqtaro2007-01-08

2006年10月23日。
磯前五平は
鹿児島駅に着いた。
ここ鹿児島でも例外なく、
相変わらず秋の様相は
見当たらない。
無風である。
太陽は何かの意思に逆らえず、
諦観したように、
意固地になったように、半ばやけくその如く、
これでもかと大地に灼熱を叩きつけていた。
よって炎熱の夏は続いている。
彩りの濃い鹿児島市内ではあるが、巨大な白を連想された。
あたり一面の白が五平の顔を押し潰そうとするかのように、
そこをどけ、と恫喝するかの如く、空間を固く凝縮しつつある。
画用紙を五平は思い出した。
何も書かれていない、画用紙。
幼子が初めて自らの手に取るクレヨン。
それを盗み見しながら今正に描き始められるのを
待つかのような恣意的な白でもあった。
従って、純粋に白というよりも、乳白色、就中精子の事情を
醸し出している
が如く、すでに妖々と染まっているのだ。
次を担う幼子の手にした画用紙には、既に介入された道が
用意されているのだろうか?


加え腐臭も漂っていた。
ここ二、三日の間に日本では十五万余りの人間が死んだ。
死因は半数が心臓疾患。残り半分が筑波山地震及び不明。
不明と言うのは、地震に因果のない屋外で発見された死体であった。
その数にして七万名、驚くことに全てが男子であった。
骨のみの死体であり、死亡推定時刻さえ分らなかった。
日本だけではない、世界中で同様の現象が起きていた。
ここ鹿児島でも大勢の人間が死んでいるはずた。
腐臭はそこを源泉としているに違いないはずだ。


駆逐艦大風。
五平はそのフネにかつて乗っていた。
しかし大風なるフネは帝国海軍には存在しなかった事が
長年の調査ではっきりとした。
この【世界】では存在しない、亡霊のような歴史であった。
これはどう言う事なのだろうか?
父、磯前兵太郎は大風に関して何も語らず死んだ。
ただ、ご苦労だった、との言葉を残し、遠い旅に出かけた。
記憶の中の大風はミッドウェイ海戦で間違いなく撃沈されて
いたはずであった。


「斉射!!」
知流艦長による攻撃命令が下された後、艦が大きく傾いた。
艦爆機による爆弾が命中した事を知った。
大風の事を知っている人間は、この世界に一人もいない。
思っていた矢先だった。
孫が知流、と言う珍しい名を口にした。
高校の先輩であり、出身は鹿児島だと言う。
連合艦隊はこれよりミッドウェイに向けて出撃する!!なお、
我がオオカゼの任務は敵艦を叩くにあらず!。新型魚雷を
持って米国本土に撃ち込む事にあり!!」
知流源吾大風艦長の檄。
あれは本当だったのか?
山ほどの疑問があった。
それを解く為の鹿児島への旅であった。



宇宙が誕生した。
沢山の恒星、惑星を抱擁した。
星は生きている、滅び行く星も多かった。
死の兆候を嗅ぎ、滅びを加速させる習性を持った生命体。
それは二十億年の時間の中で進化し、
宇宙の中心付近に君臨していた。
例えば、昆虫ならば蝿であった....


女は港だな....
磯前健一は改めて思った。
妻である智美の膣に出入りする、己が陰茎を
見つめていた。
体力にはもはや限界があった。
性交などしたくはなかった。
が体がどうしても言う事を聞かない。
陰茎だけが、肉体を離れて独立していた。
脳は陰茎との戦いに完全に負けていた。
「ああ、あなた、あなたっ!!」
智美の喘ぎが高い。
.....搾り取られる、全てが
健一の亀頭が最大に膨れ上がった。
射精が近い。
体内の細胞が、女の膣という港に帰るのだ。
智美の膣から大量の愛液が流れている。
妻は何を見ているのかと思った。
「ああ...行く...」
空白の時間が訪れた。
妻は顔を顰め、口を大きく開いている。
膣の奥が今までと違って、大きく波打った。


ドクン...

快感を残し、残り僅かな健一の命が、
妻の港へと帰港したようだった。
それは再生か誕生か、あるいは....世界中の男の脳裏
を思いは駆け巡っていた。