箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 十

四段構造のグランドステージ号の乗組員室は、全て二階にあった。
乗組員は総勢42名。
船尾の一番奥が船長室である。
二階のコンコース隣両側は観測隊員幹部の部屋であるが
トムはそこを無視し、船長室へと急いだ。
船長さえ無事ならば、船は健全なはずだ。
隊員の部屋に異常があっても、船は真っ直ぐな軌跡を描く。
鋼鉄の扉は梅雨のように鬱積と水分を含んでいた。
ドアノブに憑いた、寄生虫ような雫がポタリと落ちた。


落ちた雫を何気なしに追うと、ドアの隙間に新聞が置かれていた。
雑務係りのロイが置いたものと思われる。
電子メールで国から送られた、ニューヨークタイムスのあらかたの
記事をパソコンに落とし、プリントアウトする。
ロイの朝はそこから始まった。
届けられた記事を読む。
船長の朝もまた、ここから始まった。
何気なしにそれを取ったトムの心に、突然の氷のナイフが鋭利に
突き刺さった。


何っ!?


.....これは...これは...?
トムの手は枯葉のように、か細く震えた。

【1942年6月6日付
ミッドウェイの合衆国海軍全滅!!
日本、新型爆弾(核)の製造に成功か?
....ルーズベルト大統領は....】
そして一面の関連記事の下に、小さな見出しもあった。


【グランドステージ号、消息を絶つ】


プリントアウトされたA3サイズの用紙は、新しかった。
たちの悪い冗談はよせ、ロイ! 実直なお前らしくもない!!
空間に皺被の多い黒い顔を呪った。

....こんな....こんな...

急いでチャイムを鳴らした。
返答が、無い。
続けて二度、三度押した。
返答が、無い!
狭い額から、容赦なく青い汗が吹き出た。
船内は黄砂が吹き上げるように、
セピア色へと突然その姿を変えて行った。