箱舟が出る港 第四章 一節 戦い 十一

目的は南極大陸の氷の溶解の調査。
世界各地で、水面が平均5ミリほど上昇したという。
源は南極にある可能性が、大であった。


サンジエゴ港から出港したのが2006年10月1日。
南極大陸エレバス山が見えたのが同10月18日。
そして今日は2006年10月20日、のはずだった。
トムは慌てて、時計に眸を投げた。
2006年10月20日、午前6時52分、正しい月日を刻んでいる。


ひとの良さそうなロイの姿が、トムの網膜の底から、ゆらり、と浮き上がった。
電子メールで届いた新聞記事を、パソコンに落としプリントアウトするという。
それを船長に届けるだと... ?
ロイは何故そんな【面倒】な事をしたのか?
船長室にもパソコンは二台置いてあったはずだ。
船長は齢にして62歳、パソコンを使えない年齢ではない。
またそんな人物を、国は船長に任命しない。
船長自ら、インターネットを通じ、新聞記事など見れるはずなのだ。
おかしい、どう考えても不思議だ。
昨日まで当たり前と思っていたロイの日常に、トムは寒々と初めて疑問を
持った。
どうやらこのあたりに、鍵がありそうではあった。
しかし今はそんな事に構っていられない。



返答のない船長室のドアノブを回した。
....鍵が掛かっていない!
トムの眉を毒矢のような黒い影が、走り去った。
ギイ、という錆びた音がして、はたしてドアは開いたのだ。

.........

縦横無尽に張り付いたものがトムの行く手を邪魔した。
それは蜘蛛の巣であった。
思いがけない粘りが、頭に取り付いたが、トムの眸は室内を的確に捉えた。

...こんな、バカな事が....

ベット。
古びたラジオとテーブル。
そして灰皿に置かれた葉巻から流れる紫煙だけが、老いたボクサーのように
さあ、どうするね、と手招きをしていた。


室内に船長の姿は、ない。