箱舟が出る港 第四章 二節 戦い 十九

murasameqtaro2007-02-17

ジャングルの未開地は、
全く厄介な場である。
例えばナメクジは、
固体の命を捨てて、
行くべき場所へと続く
仲間に橋渡しを
するという。
地獄のようなジャングルの中に、
ポッカリと開いた直径600メートル程の
円形の更地と、その中心に建てられた
丸太の要塞は、ナメクジのような執念が、
鬼気と籠っていた。
・・・怖いのはこの、執念である。


....さて、どうするか?
常央大学応援指導部空手の原島、水府流棒術の使い手の絹川、弓の名手
張替は、タガヤサンというアマゾン独特の木に登り、オペラグラスで、敵地の陣を
見つめていた。
「攻めるには容易いやんか。こっちは密林が味方してよるで。あっちは丸見えや
ん。武道推薦で過剰防衛前科五犯、25歳のこのワシ。落第生のワシは年長やが
この窮地では頭が回らんがな。ここは原島やん、スマンがまた、お前の指示に
任せるで。良かったらワシに切り込みをさせておくんない。死んでもかまわんが
な」
実直な絹川は、キャンプデービッドの二人を守れなかった事を悔やんでいた。
その棒術の力により、何十人もの賊を倒したが、催涙ガス如きにやられ、哀しくも
無い大涙を流し、盲目となった己の修行の足りなさを悔やんでいた。



原島は絹川の力量を見抜いていた。俺達二人例え死んでも、先輩なら余りある
反撃、復讐をしてくれるだろうと。
大学は年上でも、同学年なら敬称はつけない。
その不文律さえなければ、絹川さんと敬意を表し、呼びたかった。
絹川先生、でも足りないかも知れぬ。
だてに歳をとって居なかった。棒さえ持てば天下御免の力を持つ絹川なのだ。
彼が破れた事は、原島も張替も敗れた事を意味する。
催涙を打たれたとは言え、蛮刀でコメカミから下顎まで、切り裂かれてしまった
原島である。まだ疼痛は消えない。張替も左足に矢を頂いてしまった。
二人ともたいした事はない怪我であるが、無傷なのは絹川だけであった。



ジャングルの中の戦いとなれば、棒は殆ど使えない。
絹川の真意を原島も張替も充分に理解していた。
「絹川。いらん心配はするなよ。俺たちゃ、常央エンダンよ。誰にも負けやしねえ。
あの場なら、毒島さんだってどうなっていたか、わかりゃしねえさ、な、張替よ?」
名も知れぬ草を噛み、原島が微笑んだ。
「その通りだべ。まんず、考えること、ね。忘れてくだんせ」
盛岡訛りの張替は蔓を手刀で切り、点滴のような水を口にした。
アマゾンはエキセントリックな遺伝子資源の宝庫である。
何が眠っているのか、分ったものでは無かった。
その草、そして蔓から落ちる水は、武道家にはとても似合いそうだった。