箱舟が出る港 第四章 二節 戦い 二十

「あそこに穴が開いている。多分大きな獣か何かが落ちたんだ。敵陣の周り
には、落とし穴があるな。串刺しになるか、ピラニアに食われるか、落ちてみな
けりゃわからねぇが」


擂鉢状の形地は底に作られた丸太の砦。
三人の若者は砦を囲む巧みに隠された堀を見つけたが、大雨のような遮断感は
まるで複雑な配線のように心を百家争鳴と捻り、瞳のワイパーをどう動かしたら
よいのかと、決断を四方八方へと分散させていた。ワイパーを強く動かしても、
またそうではなくても、フロントガラスは一瞬で曇るかも知れない。
そうなっては終わりだ。
ひとつ間違えば三人とも死に繋がる事を教えるように、モルフォ蝶は飛来し、
原島が噛み終え捨てた草に銀の粉を振りかけては、背後の密林の奥へとゆっくり
と消えた。
救出作戦はひとつだけ、そして一度だけだ。



夜中に付近で一番高い樹木タガヤサンの枝に登り隠れて、曙光に照らされ初め
て見た物は監視カメラであった。幸いにしてか、無作為に設置された監視カメ
ラは、今居る枝よりも下方にあり、下を向いている。おそらく同程度の位地に
他のカメラも設置されていると思われた。
ジャングルは日中でも夕暮れのようで、就中ここはより陽が射さない場所である。
あの暗闇の中の決行である、姿は見られなかったと思うが、自信はない。
怖いのは集音マイクであった。
原島が口にした名も知らない植物の葉の裏側に、小さな機械がとり憑いていた。
夜中に発見した刹那、位地を変え、会話は互いに読唇術を使う事にした。
獣道さえ無い、前人未踏のジャングルの中に、女賊はナメクジを思わせる執念で
砦を築いている。それが何時ごろ姿を現したのか、三人には見当がつかなかった。
古い様でもあり、昨日、幻のように出現した様でもある。
ただこの地、アマゾンと言う名の由来を考えてみた場合、前者が正しいようだった。
伝説ではあるが、女人族アマゾネス、が背景にある。




「蛇でも使うべか。アナコンダっ子さを、とっつかまえて、芸を仕込むべし」
読唇術の会話であったが、唇の動きもまた、東北なまりである事が可笑しい
張替であったが、阿呆のような話しである。
「なんだと ! あの大蛇に芸を仕込むだと? 気は確かかよ!? 」
原島の眉間に縦皺が寄った。
「うんにゃ、出来ねえ事じゃねえべ。オラのじ様は昔、蛇師だったべ。雫石の
蛇辰、っつてな。岩手山マムシ獲り名人よ」
「ま、それがほんまとしても、どう芸を仕込むんや? 
インドのコブラ使いやないんやで!マムシなどは獲るだけなら、
ワシでも出来るがな? 最大でも十五メートルはあるアナコンダやで!?」
原島と絹川は呆れた顔で見つめ合った。
「あんたがた、あのモルフォ蝶っ子の動きさ、よくみでねがったか?」
張替は手製の弓を、無造作に原島に渡した。
「説明すべ、ちいと預かってくれろ」
岩手の名門県立高を経て、常央では難関な理工学部に籍を置きながら、
弓道を追及すべく体育学部へ転籍した事を、原島と絹川は改めて思い出して
いた。