箱舟が出る港 第四章 戦い 二十一

土塊のような風が密林を微かに揺るがせた。
それは懐かしくも愛すべき長年の友を探すような咆哮に似ていた。
問われた密林は、知らないよ、聞いてみようと葉に、枝に、草に、
さらさらと言付けを伝播させるが、こだまさえ返させないと言う断固たる
姿勢は、怨霊が棲みついているかのようだった。




乾燥した空間を睨みながら、張替は原島が噛んでいた葉を求めた。
「苦くもあり、甘くもあり、しょっぱい、辛いべ、そすて、旨味がある。
不思議にもこの葉っぱは人間の舌が感知する五感の条件をみいんな、揃え
ているべ。あんたがガムのように噛んで捨てた葉に、唾液が付いたんだな。
モルフォにとっては、あんたの唾液が混じった事により、おそらく果実の
味を嗅いだんだべ。あの蝶を獲る方法として果実が有効だとオラは聞いた
事がある。なあ、いいてえ事が分るか? つまるところ、この辺りは水分が
殆ど枯渇しかかっていると言う事だべさ」
「そういわれりゃ、虫や鳥獣の姿がやけに少ねえなぁ。
なんて名の支流か知らねえが、干からびた川ばかりだったな。
だから蔓を切って来た。俺たちゃあ蔓の中に水がある事を知っているが、
虫や動物は知らんのだろうよ。で、その水がどうした?
蛇に芸を教えて、攻撃すると言う発想にどう結びつく?」
人相は決して良くない原島の顔が、コメカミを中心に短気を起こしかけて
いる。この短気癖さえなければ、次代常央大の応援団長になって然るべき
人物ではあった。



「水は生物の源やんか。こいつさえ押さえたら、そりゃあんた、服従するのは
人間も動物も同じやね。猿回しになれるで。幸いさっき見たアナコンダは衰弱
してたようやね。やはり水分が不足しているとワシはみた。原島やん、あいつ
の胴体を貫手で破れるか?」
代弁する端正な顔立ちの絹川は、張替の言葉の意味を理解したようだった。
竹刀や棒そして弓と言う獲物、即ち武器を持つ武道家は、何故にこうにも温和
な顔つきをしているのか、このあたりが原島にはまだ理解出来ず、
怖いところでもあった。
「当たり前だ。今、空手部では貫手の練習に、パチンコの玉を使っている。
タタミ一畳くれえ指で破る事は、一回生でもやるさ、で、それがどうした?」
「保険のつもりで聞いてみたんや。万が一って事もあるしのう・・・・
モルフォ蝶はまた来ると思う。仲間を連れてくるかも知れん。
銀粉を落として行ったやんか。アレは愛情のシルシや。早よ、
ここから立ち去れ、探せとな。ワシらを救世主と睨んだのや。
蛇だって多分、そのはずだ。水さえ与えればな。原島やん、あんた、
あの草を採った場所が分るか?
アレはとんでもねえ植物や。何故なら・・・・」
「大きい収穫だべ。オラ達は今や、読唇術で話しているのやないって
ことだべ!!あんたに指揮官として猿回しをやってもらうか」
・・・・何だと、と唇が言いかけた時、二人の唇が動いていない事に、
初めて気づいた原島だった。