箱舟が出る港 第五章  二節 軍神たち 五

murasameqtaro2007-03-12

あたまを無くした胴体は、
トトトと、二、三散歩
よろめくと、アスファルト
ドウと倒れた。
手が虚空を指し、何かを訴えたような
最後だったが、自業自得であった。
鮮血がコールタールの如く厚く流れ、
ロールシャッハの模様を形作っている。
どこに潜んでいたのかそれを目がけて、
続いた三匹のベルゼブブ族は、
ケェーと奇怪な声を上げ
舞い降りた。
香り良い金木犀は血の匂いと風圧で黙り込んでしまい、顕微鏡の中の風花
と帰した。
一匹は常央大応援団の猛者に取り囲まれ、何発ものパンチや蹴りを食らい、
もはや青息であったが、物見高い野次馬の出現により、眼鏡男の首を切った
一匹と合わせ、五匹に増えてしまった。


野次馬は隠れている分には、いい。
こっそりと姑息に生きていればよいのだが、人間と化け物の戦いに興奮した
のか、役も与えられていないというのに、表舞台に現れたから、こうなったのだ。
馬鹿めが・・・死にたいやつは死ね、俺は知らん。
「うぉっせぇーっ!!」
一匹のベルゼブブの羽を、荒木田は気合もろとも一気にブチリと引き千切ると、
野次馬をじろりと睨んだ。
行け、邪魔だと手を振った。
てめえが死ぬのは勝手だが、戦いの邪魔をするな。
遠くでパトカーの咆哮が聞こえる。
知流大吾は見物人などに目はくれなかった。
その瞳にライオンが宿っている。
獲物を狙う底光りがする眼は、もっと遠いところを広く引き寄せていた。
仁王立ちになり五匹の化け物を交互に睨んでいた。
四体のベルゼブブは、一斉に眼鏡の死体に飛びつくと、たちまち骨にしてしま
った。
肉片も血液も全く残っていない。
その代わり骨はぬめりとする液体に包まれ、恐らくは彼らの子孫を産みつけた
ものと推察された。
だとしたら早い時間で孵化することになる、厄介な事にだ。
その時修羅場に大型ダンプがタイヤを軋ませ、ドカンと割り込んだ。
国道50号へ通じる幹線道路が見える街角は、左右にそれぞれ郵便ポスト、
菓子屋の簡易倉庫があったが、それを破壊して無理やり殴りこんで来た。
直進禁止の標識がある、龍道組山桜会の代紋が読める。
龍道組は東日本最大の暴力団であった。


「これを使ってくれ!!」
人相が良くないスキンヘッドのヤクザが、出てくると慌ててキイを白拍子
渡した。
四体のベルゼブブは五、六人の野次馬に襲い掛かっていた。
「あと、これもだ!!」
ヤクザの手には拳銃と日本刀があった。
「んなもんいらねえ! クソの役にもたたねえわな、なめるなよ常央を!
くそ極道はすっこんでろっ!!」
白拍子は一喝した。
「だってあんた・・・」
「だってもクソもねえんだよ、命が惜しかったらお前も早く立ち去れ!!」
「助っ人するぜ、兄さん。こう見えても俺は・・・」
「やかましぃつ!楽しんでいるのに邪魔すんな!!」
白拍子はダンプのコクピットに急いで駆け上がった。
びしゃりとウィンドガラスに血痕が飛び散った。
半分に叩き割られた顔の中に、違う顔が陥没してる首から上が宙に舞った。
恐るべき力であっという間に野次馬の二人が殺された。
「団長!! 一匹を荷台に!!」
知流はこくりと頷くと、怪我をした空手と相撲部を、ふたつの肩に支えた。
「全員さがれっ!!」
殴りつけていた黒澤達が波のように引いた。
ギアをバックに思い切り入れた白拍子は、そこをどけと叫びながら、少し後
ろに下がると、反動をつけ今度はローで一匹に突進した。
大型ダンプのバンパーの右が化け物の頭を直撃し、守っていた金属の仮面が
剥がれ飛んだ。


・・・これは
もうもうと登ったホコリが消えると、そこには全くの蝿の顔が見えた。
緑色の液体を流している。血液だろう。
荒木田は首に手を巻き、その傷ついた化け物をマンホールの穴から引き抜いた。
「生きているか?」 と知流。
「多分」と荒木田。
トラックの荷台にレスリングが待ち受けた。
剛力に任せた荒木田の腕(かいな)は隆々と盛り上がり、一匹のベルゼブブを
荷台に放り投げた。