箱舟が出る港 第六章 一節 残照 三

2006年11月22日午前5時28分。
日本の六大新聞社のひとつ、扶桑新聞社水戸支局社会部会議室。
=常盤製薬で六名が惨殺される。警備員五名は全員とも頚骨を折られ死亡。
社員の経理課長は眉間に銃弾を受け即死。応援求む=
未明の支局につくば通信部から、電話は基より何度もメールもファックスも
送られてきた。
すでに数名の記者が水戸を出ている。
テレビの電源も入れるまでもない、深夜起きた事件の取材合戦は、これからが
勝負であった。
社会部デスクが、雨貝と明津を至急携帯で呼び出し、三人でここに閉じこもって
一時間になる。
古川デスクはふたりに詰問していた。
いい加減にしろという顔つきをしながら、立ち上がり、気だるそうにブラインド
を開けた。
グリニッジの標準時間が狂ったのか、すでに朝日が昇りつつある。
異常な一年だと思う。めまいのする毎日だ。
ナフタリンに包まれた太陽は、人の心を逆なでするように、いつまでも居座り
続けるようだ。
水を含ませたハンカチで顔を拭い、水戸城跡の青を見つめた。
アブラゼミの咆哮が、早くもひとつ、はじまっている。
沖を渡る白鳥は、今年はどうするのだろうと思った。
恐らくは帰っては来ないだろう・・・
みんな孤独と言うのかい?・・・今日もつらいな、と誰ともなしに呟き返事を待
っている。


「知りません・・・」
雨貝は三度目の同じ返事を古川の背に投げた。
「ウソ言っちゃいかんがな。仏の顔も三度目だ。組織は全体で動くものといつも
言っているだろう。ネタを掴んだのだろう、出し抜くつもりだったろう? 常盤の
取締役だった雨貝さんは君の叔父だろう。しかも大洗海岸の死体発見の第
一人者だったときたもんだ。君達が常盤を訊ねたのは、知っている。何も知らん
わけがない。答えようによっては、懲戒も覚悟して貰わねばならないな?」
振り返った古川の顔に仏が消えていた。


「・・・・・」
「あの日君達は例の談合事件の為、石岡の建設会社と建設協会に行くと言った。
確かに行った事は認める。記事は明津が書いたからね。問題はその後だ。
つくば、に行ったはずだ。常盤製薬にね。今度入れ替えた社用車には、危機
管理の視点から、位地測定システムが導入された社内通達をお忘れのよう
だ。総務課から記録を出そうかね? 子供の使いではないんだろう?何かを掴
み常盤に飛んだはずだ、そうだな ? 特に天貝、・・・お前だよ 」
車に無頓着な天貝はカーナビの操作もまともに出来ない。
もっとも水戸生まれの水戸育ち、茨城の道は裏まで知っていると常々豪語
する彼にとっては、必要はなかったかも知れないが、全身にアンテナを張る新聞
記者として少し甘かった。
確かに忘れていた。社内通達されていた。叔父の事故、身内が握る鍵、功を焦る
ばかりに忘れ、馬脚を表してしまったのだ。
それは興奮した同僚の明津にも言える事だった。
「おかしなウジが二匹ついていたのです・・・」
正直に言うべきだろう。ここは組織の力を借りねばならない。
ここまで知られていては、ウソは通用しない、と覚悟したように口を開いた。
特ダネは欲しいがことが殺人事件まで発展したとなれば、黙っているわけには行
かなかった。


何っ!?
古川よりも驚いたのはむしろ明津の方だった。
【一匹だけ】確保した、そう天貝は言ったはずだ?
この野郎と、肘で天貝の横腹を軽く突いた。
「・・・ほう、ウジかい。聞き込み取材で少なくない地元民が、死体に付着
したウジを見ている。警察他の通報の時間の隙を付いてどこかに逃げたのか、
運ばれた病院、医院ではウジなど付着していなかったとの正式見解だ。唯一の
手かがリと言っていい。それでどうした?」
「鈴元課長を窓口にして常盤に運び調査をお願いしました。殺された鈴元大樹
課長は叔父の部下だったのです。これがその一匹です」
カバンの鍵を開けると、ハードコンタクトレンズ保存容器のようなプラス
チックを取り出した。
薄紅色に白がかかったウジが、テーブルに置くと、容器の中で、反対に傾いた。
溶液の揺れが止まると、ウジも連動したかのように、動きをゆっくりと止めた。
死んでいる。
古川は容器をつまみ、老眼鏡をかけ、朝日に照らして凝視した。
「知ってる通り私も川釣りをする。狙うは主にオイカワ、タナゴ、ワカサギ
の類だ。これはその餌だ。何の変哲もないただのウジ、つまり紅サシでは
ないか」
「すりかえられたのです。常盤製薬に・・・」


やがて太陽が顔を出し、水戸支局の裏門に立った三人の影と、それを監視する
ように隣接するビルの屋上に陣取った四つの影を、凛呼と投射させていた。








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村雨の今日のお勧め?
自分の中の記憶にもない、見たこともない風景、思い出。
聞くたびに、いつか見た気がする。自分の思い出だったのかと
錯覚する・・・
アメリカの風がそよぐ。
〜赤いキャンディ包んでくれたのは、古いニュースペーパー〜=青い瞳のステラを
初め、泣きたくなる曲が、いっぱい。いつかひとりでお酒を飲んだとき、
泣いてしまった事があったっけ・・・



海川湖沼いずれにも、初心者には最適。
特に、荷物が多い船釣りにはいいでしょう。
作った方に拍手です。
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