箱舟が出る港 第六章 一節 残照  五

murasameqtaro2007-03-24

「銀行です。常陸銀行
三の丸支店の貸し金庫・・・」
「この、あほうっ!!」
言い終わらないうちに、
古川は身を乗り出した。
今にでも、飛び掛り
そうな剣幕である。
「でも・・・死んではいません。
毎日確認してます・・・
安心だと思ったから・・・その・・・
時間も無かったのです。今日にも常央大へ持ち込むつもりでした・・・」
「うるさいっ、 ばかもの!!」
テーブルをドンと叩くと、アルミの灰皿を投げつけた。
「ひっ!!」
運良く顔を掠めに過ぎないが、開けたばかりの窓ガラスにあたり、ヒビを入れ、
ガランと落ちた。
古川がこうにも怒った姿を見たのは、入社以来始めてだった。
温厚な人物と評され、また昼行灯とも揶揄される古川の真の姿を見た気がした。
かつての全共闘の幹部格だったらしいと言う。
滅ぼそうとした体制側に身を委ねた・・・
食べるには仕方がないからだ。


体制転覆どころか、地球を滅ぼそう、あるいは進化させようとする闇の勢力
の出現は、古川の血管に熱い血を戻す、カンフル剤になったのかも知れない。
不可解な謎を解くその鍵を、銀行如きに任せたまぬけを心底卑下したのだ。
祭りが始まったというのに、なんという事を・・・・
常盤製薬の一匹は、鈴元が受け取って間もなく、異常な成長を見せた。
もう一匹はいまのところ、動きがないようである。
「直ぐ銀行に言って来い!! 剣持も草葉の影で泣いてるぞ! 剣持の弔いのはず
ではなかったか!! 叔父さんには気の毒だが、それとこれとは別だっ!!
一匹のウジを誰かが狙ったのだ。おそらくそうだ・・・。
常盤製薬の殺人はウジが絡んでいる事は間違いない。
いいか、護衛をつける。五人の警備員とひとりの社員を無造作に殺すヤツラだ。
扶桑水戸支局運動部の磯野、大前、圷、坂下、並木をつける。お前と
明津の七人で行って来い。これから通勤ラッシュが始まる。日中襲うと思われ
んが、至急行け!! まだこの時間だ、開店していないが、私から常陸銀行
水戸本店に電話を入れておく。
位地即位システムを入れた社用車で行け。へまを取り返すんだ!!」
「持ち帰った後は・・・?」
明津が恐る恐ると古川の顔を見た。
「民間には任せん。勿論国家にもだ。自由闊達な場で調査して貰う。いいから
行け!! 持ち帰ったら改めて、指示する!!」




裏門に忍び寄るように立った、ひとつの影が揺れた。
「・・・だ、そうだ。秋葉原は馬鹿だ。こんな簡単な集音装置を作るパーツが
いくらでも売っている。ココム違反か・・・くっく・・・」
「だが、銀行だ・・・あながち天貝も間抜けではない。製薬会社の経理
よりは厳重だろう。中々やっかいな場所に隠したな・・・」
ふたつめの影が重なった。
「なあに、日本のリスク管理は、なっていない。今こそ、偉大なる将軍様
平壌の期待を追行する・・・我々の血と汗と涙の訓練を形にする時期が、
やって来たのだ」
三つめの影は、首領のように独立して、揺れていない。
ツクツクボウシが何かを求めるように、啼きはじめた。




隣接する十五階建てのビルの屋上。
クーリングタワーに隠れるようにして双眼鏡を見ていた男達が円陣を解いた。
「小貫修次こと、李 劉順とその工作員ども・・・待っていたよ、この時を・・・
常央大学にはどうやら関係がないようだな・・・伏見実に無断な時間を費
やし過ぎた。海岸の死体・・・不可解な事件を演出したのは、お前達かも
知れない。いずれ吐かせてくれる。日本をなめちゃいけないよ。お前達の
魂胆は潰させて貰うよ」
公安警察捜査員、蓼科雅巳が手を振った。
行け、と。
三人の目つきの良くない男達が、それを合図に、屋上から疾風のように散った。