箱舟が出る港 第六章 二節 装束 二

「高村か、聞かんな・・・ふん・・・ところで厚生労働大臣、αは?」
小石礼子厚生労働相が、織原茂樹事務次官と耳打ちをした。
「また、一段と成長したようです。身長2メートル20、体重250キロ、
常盤製薬研究所の中で、眼をぎらつかせているようです」
「蝿のくせに生意気な。・・・ところで・・・αは軍事目的に使えるか?」
「現時点に於いて、イヌ並みの知能があるとの事。問題は悪魔のような凶暴性
をどうコントロールするかという事でしょう。現在のα一匹で、千頭の飢えた
ライオンを手なずける程の、細かい芸の確立が必要かと・・・」
「一匹で千頭の飢えたライオンに匹敵か・・驚愕すべき力だな・・・
で、どこまで上がる?」
「・・・まだ、研究中と言うことでして・・・何しろ奪取してまだ日が浅い
ものですから・・・時間ごとに成長の兆しがあり・・・」
「だから女は駄目だとワシは言ったはずだ! 能無しどもめが!!」
「仰るとおりです・・・」
まあまあと、小石のしょげた顔を見つめながら、織原が一藁の二本目の煙草に、
火を提供した。
厚生労働大臣、より厳重な檻が必要となりますね。常盤製薬 へ指示を
致します。官房長官・・・ならば成長を止めてしまえばいかがですか?
知的レベルの向上にも限界を作ってしまうのです。力は現状でさえ驚愕すべき
代物ですからね。最悪の場合を考慮し、このあたりで良いのかも知れませ
ん。在るべき成長を、行き着く先を遮断するのです。改良です。これこそ生物
兵器です。DNA、RNA、タンパク質の流れ・・・遺伝子情報さえきちんと読んで
しまえば、戦闘アンドロイドの誕生まで、時間はかからないと考えますが」
「君はα一匹だけが、偶然にも我々の手の中のみに、落ちたと思うのかね? 」
「おびただしい数です。他にも捕獲された、あるいは発見されたと申し上げ
たほうが理性的でしょう。しかし何処から、どうして、何を目的として地球に
やって来たかも考えるべきです。私は偶然と思っております。何故ならば、
死体に貪るように付着したという同種がまだ地球に居るというなら、とっくに
αのように成長し、大暴れしているはずです。それが何も起こらない・・・
定めし目的がないのです。医薬品や軍需産業の株も上がっておりません。
捕獲された兆候が全くないのです。道すがらの事故、あるいはヤツラの食料調達
なのかも知れません。仲間どもがどこへ向かったのか、消えたのかは皆目見当が
つきませんが」
「どこかの国が生命工学で作った化け物と思った事はないか? 中国あたりが
臭いとは?」
「作れる技術はありません。詳しくは時間を頂くとして、地球上の生物にない
DNA情報を持っているらしいとの報告概要を受けております」
「・・・ふむ。考えてみよう。これ以上成長する事になれば、とんでもない事態
を引き起こす事にもなりかねん。まずは研究を大至急、進めたまえ。軍事目的を
最終視野にいれるのだ。各国の動きに注意せよ。捕獲作戦も続けて追行する。
本当に消えたのか、二匹目は居ないのかを、徹底的に調べよ。場合によっては
自衛隊を動かしてもよい・・・加えるが常央も注意の中に入れておけ。
アメリカ如きにでかい顔をいつまでもさせておくわけにもいかん。わが国は真の
独立を果たすのだ。・・・さて次に、MMVとの関係を考えてみよう。蝿が宇宙から
運んで来たウィルスという考え方の課題の回答は?・・・事務次官、続けて答
えてみろ」
「宇宙からのウィルス説は捨てきれないでしょう。根拠を見出すまでには、
至っておりませんが。肯定の可能性として約半分、両者ともに、この地球に
現れた時間が、ほぼ同じですからね。否定は異質な感じがするという事です。
つまりMMVは人間の心に介入している。人間の精神を冒すウィルスです。
女性の性欲という形をもって肉体に姿を見せるのです。
・・・要するに・・・人間と言う生き物を知っているのです、熟知と言って
いいほどに。ところが蝿は全く異質のものです。およそ人間が許容する部分が
ございません。受け入れる要素がないのです」