箱舟が出る港 第六章 二節 装束 三

murasameqtaro2007-04-02

「・・・だろうな。
ワシもMMVとαは
別次元のものと思う。
互いに異質だ。
MMVに対し
人は好んで
心の鍵を開け、
迎え入れている感じもしないでは、ない。
攻めどころが、攻めどころだからな・・・。
欲望か・・・痛いところを攻撃している。感染しても女は残る、死ぬ事は
ない。悲観さえしなければだ。男はどうか? 心臓発作だ。先ず盛りのついた
メス猫が去らない限りは、高い確率で、死ぬ。青少年、壮年層までだ、ワシ
のような老人には憑かない。性交禁止令を出すわけにもいかんし、出しても
無駄だ。何故ここにきて未曾有の現象が次から次へとやって来るのか?
東大和医科の松根忠勝殿、お初にお目にかかるが、ご意見は?」
太った赤ら顔は、充血した目をショボショボとさせ、しきりに汗をかいて
いる。
どうしたらよいのか、と迷っていた最中であった。
来るべきでは無かった、と松根は後悔した。
政治家が多い。
だが織原とて、公文寺や国友にしても政治家のような絶対君主、大王
に憧れを見出す輩、仲間のような匂いがする。同じ穴のムジナであろう。
政治家の腹とは、本当に分ったものではない。
改めて感じたのだ。
一藁は狂っている。
背筋の寒さを覚えながら、その一藁を見た。
幽鬼が棲んでいる。
一藁官房長官の発想は危険なのだ。
唯でさえ不可解な物々が、世界中に蔓延していると言うのに、ナショナリズム
などを今更、台頭させようとしている。
追従する事はない、思った事を言うしかない。
「・・・MMVに関しては、進化か退化、のどちらかではあるまいか?・・・
ぼんやり思うようになりました。突然変異かも知れないのです。科学では全く
説明がつきませんが、東京湾に、赤子が出現し、海に消えたいう、信頼すべき
情報筋からの報告がございます。私は愕然としております・・・
職務柄、超科学なるものに暁通しておりませんが、これら赤子は、どうにも
先祖帰りに思えてならないのです。MMVというウィルス ? の物理的作用は、
我々人間の知覚とか、経験に対応しているようなのです。なんとなく秩序性が
見えるのです。人間の悪の部分を駆逐しようと、運動を始めたような
気がするのです。ご存知のように、生物は海からやって来ました。時あたかも
この長い夏、南極の氷が溶け、東京湾でも水面が十五センチほど上がった
ようです。皇居のお堀を見て下さい。隅田川でも結構です。
水が枯渇しかかってます。
干上がりつつあります。このまま続けば・・・。
密室はいけません。常央を非難出来ません。・・・議論の場をもっと広げては
いかがでしょうか。情報を開示すべきで・・・」
「開示か・・・庶民が好む言葉だ。このまま続けばなんだと言うのだ。
滅びるとでも言いたげだな。分った。君は必要ない、帰りたまえ・・・」
もっと話しをさせてくれ、と言いたげな松根であったが、鶴の一声が飛んだ。
声どころか泥だらけの鶴のような、官房長官一藁の、顔であった。
「秩序だと ? どうにも一般大衆が好きな言葉だ。高価なスーツが嫌いと見える。
そんな装束はいらんのだよ。防衛庁長官。松根さんがお帰りだ。
お疲れのようだし、部下にお送りさせなさい」
「・・・ここで聞いた話は忘れます・・・私には、とても・・とても・・・」
ウェストが10?も搾られたような、松根の声色であった。
「君が忘れたいのなら、そうした方が賢明だろう。参考人程度で来て貰ったが、
やはり期待外れだったようだね。じゃ、さらばだ、帰ってくれたまえ」
この日の夕方、松根の死体が、玉川上水付近で発見される事になる。