箱舟が出る港 第六章 二節 装束 一

murasameqtaro2007-03-31

総理府内閣官房室。
眉間と削げた頬に
太い何条もの
こびり付いたシワは、
年齢と性格を饒舌に
物語っていた。
白すぎる青冷めた顔色は
薄情そうで、
薄い唇はそのシンボル
のように今、静かに開かれようとしていた。
関東信越国税局長、国友久司。
「学校法人那珂川学園の財務資料が
ここにございます。
一見健全な財務体質に見えます。
経常利益率も12%、税引き後純利益12億7千、粉飾もなさそうです。
まあ、税金面で国家に貢献していると言えばそれまでですが・・・」
「前書きはいい。肝心な所だけ話したまえ、煙草を吸わしてもらう」
内閣官房長官、一藁 力は癇癪持ちの男だった。
せわしなくブラックデビルチョコレートを取り出すと、公文寺鋭司
警察庁警備局長が、すかさずライターを取り出し火をつけた。
お決まりのゴマすりである。
当選十五回、保守派の長老である。
ひと回り以上年下の、高根沢雄一朗と首相の座を争い、破れてしまった。
長期政権になる可能性が高い。
流石に今の年齢から、もう総理の座に、すわるチャンスは来ないであろう。
但し高根沢を失脚させれば、別の話しだ。
老班が秒ごとに増えている感じがするこの男は、老醜よろしくまだまだ
元気はある。
老害と言われようが、ここまで来れば、総理という名誉が喉から手が出る
程欲しい。
「分りました。短期借入金が前年比の約二百倍増、金額にして八百億、
付属明細書によりますと、メインの常盤銀行に次いで、アメリカが絡ん
でいるようです。ニューヨーク・スカイバンク・ブルーです」
「ふむ・・・それで ? 」
「短期借入金と、資産の部の試験研究費が、見事にも八百億という金額で
ほぼ一致しております。つまり借金して八百億相当の研究をするという事
です」
那珂川学園は医学部もあり病院も持っている。最新鋭の医療設備機器投資
は当たり前ではないのか?」
「多すぎます。健全な投資ではありません。それにその場合、試験研究費
ではなく機械装置とかの固定資産勘定となります。また通常設備投資する
場合は、短期でなく、長期借入金で賄うものです。これは一年以内に八百億
を返済する事を意味します、履行しなければなりません。それが出来るのか?
 いや、返せませんな。医療収入を見れば一目瞭然です、営業外収益も横ばい
ですからね。一年以内に、何か、を追行する決意が見えます」
「ふむ・・・監査法人はどこか?」
「水府合同会計です。どうやら公認会計士の連中は、常央大学商学部出身者で
固められているようです。新しく就任した顧問弁護士も然り。税法に抵触する
処理は一切されておりません。会計原則も準拠しており、処理上になんら問題
はありません。要は・・・研究の内容なのです」
「何を目論んでいるというのか、またもや常央が絡むか。茨城という所は、
昔から難治な場所だ、桜田門外の変尊王攘夷運動、2.26事件、血盟団事件
もだ・・・忌々しい。続けろ・・・」
「尋常なる経営とは思えませんね。こういった場合ふた通りの推測がなり
たちます。即ち計画倒産、相対的に新薬開発、画期的な治療技術の確立など
の建設的な経営」
「後者を言いたいのだろう。無理に組織を潰すバカはいないからな。
悪魔のウィルスを・・・MMVを生み出し人為的にばら撒いたのは常央という
推理か・・・しかもその薬か治療法があると言うならば、大変な大儲けになる
だろう・・・八百億など少ないもんだ。公安警察の調査の進捗度は?」
「常央の仕業ではどうもないらしい、との一報が入ってます。同時に北の工作員
も現在洗ってます」
「らしい、では困るのだよ警備局長。じゃあ常央は何をやっているとのかね? 
八百億の借金をし・て・だ!!」
「我々と同じ研究かも知れません。一番危惧するのがこれです。
あるいは高萩の線でしょう」
「・・・ふむ、知ってしまったとでも言うのか、たかが田舎大学めが・・・
もうひとつの高萩とは、何だ?」
「民間の宇宙センターがあります。常央大宇宙センターです。独立採算制は
採っておりません。あくまで常央大学の組織内です」
「ああ・・・知ってるぞ。何時ぞやも大問題になったな?
やまぐも、とかの観測衛星を打ち上げたアソコか。また何かやるつもりか? 
一体何をこそこそとやっておるのか!! ・・・学長、市島典孝か・・・
ヤツは学校が高根沢と同期だ。・・・経営側、那珂川学園の理事長の名はなんと
言う?」
「高村一蔵なる人物です。・・・旧姓は磯前とか」