箱舟が出る港 第六章 二節 装束 四

murasameqtaro2007-04-03

「さてと、
庶民が去った。
優秀だと評判の
男だったが期待外れだ。
他に一般大衆になりたい
と思う者はいるか?」
三本目のブラックデビル
チョコレートを出した一藁に、民主自由党総務会長大八木麓輔が、自慢の
ダンヒルを近づけた。
「人は野望を持たなくてはいけません。野望とは究極の競争原理だ。
強い生産性もそこから生まれる。世界制覇を夢みたのは、何もアドルフ
ヒトラーやナポレオン、ジンギスハーンだけではない。強い野心は誰しもの
深層心理の中に、凍結されているものだ。ヒトも基本的に弱肉強食の世界に
居るものだ。理性という物が取り除かれ、野生に放り投げられたとしたならば、
直ぐ理解出来る事だろう。世界が混沌としている今がチャンスなのだ。老醜と
言われても構わない、若い者への嫉妬と言われてもよい。
・・・人殺しと言われてもよい、開墾のためには犠牲が必要だよ。我々は、
役に立たぬただの老人ではないのだ。私は一藁さんの野望という名の箱舟に、
すでに乗っている。この世を変えてみせる。戦前までの国体復活への野望
もある、若い者の犯罪など皆無のユートピアであった。
戦争に負け、日本人は野望を封印されてしまった。押し付け文化が蔓延し
構築され、ここは日本でありながら、日本ではない構造だ。
一藁さんが見つめる真の独立への思いもある。しかし私の心を動かしている
ものはエゴイズムに他ならない。
私個人の都合という燃える炎が見える。悪魔に魂を売ったように思われよう
が、実に人間らしいではないか? これこそ動物らしいではないか?
理性を失ってもよい。正直にそう申し上げよう」
空気が墨と化した。ネズミなどは話しにもならない、隠れたバクテリアさえも
畏怖を感じ逃げ出す程の墨の色であった。
難色を示す顔はひとつもない。
高根沢とはまだ連絡がつかんのか」
墨の酸素を肺に積めた小柄な鶴のような顔が、ニヤニヤと警察庁警備局長の
公文寺鋭治に大きく迫った。
「今しがた入った最新情報でも、アメリカの政府筋からは、現在調査中との
報告ばかりのようです」
「ふむ。いっそ・・・このまま、消えてくれればいいがな。
苦労せんで済む。・・・内閣官房副長官の行方もか?」
バミューダ島へ向かったまでは分るのですが・・・」
「恐らく両名とも、同じ賊に襲われたのだ。アメリカ大統領も然り。
ここは死んでくれと願おうか。帰趨は変りつつある。来年はポトマック川の桜は、
咲かせない・・・」
鶴の声の語尾が、奇妙な笑い声に変った。
「さて、他に庶民は居ないようなので、天変地異の象徴、筑波山の崩壊を交えて
考えてみよう。ひとつの峰が崩れて、中から宇宙船が出現したという話しだ。
愚かにも逃げる事ばかりが頭にあったのだろう、写真やビデオは一枚もない、
ひとつもない。地震により死亡した庶民の携帯も、全て燃え尽きたとの事だ。
現れたとしても、数秒、数分の間だろう。目撃者の名はなんといったかね?」
「桜井真由美・・・山麓に住む主婦です。地方公務員の夫とともに、命からがら
オートバイで脱出を敢行したようです。脱出した安堵からか、山を振り返ると、
それらしき物体がもがくように出現していたとの話しです。尚、追記事項として、
夫は振り向いた刹那死亡。心不全との事です」
「その主婦とやらはMMV感染者だな」
「おそらく・・・」