箱舟が出る港 第六章 二節 装束 五

murasameqtaro2007-04-04

「他には
目撃者は
いないのか?」
「聞き取り捜査は勿論、
インターネットも使い
情報提供を呼びかけておりますが、
ありません。
あるのは金目的の信用に値しないガセネタ・・・デタラメなものば
かりです」
早口で公文寺は一気にまくしたてた。
能無しめが、と怒鳴られのが怖いのだ。
一藁の前では、即答が原則なのである。
「・・・ならば、桜井某は幻でも見たのだろうか? 違うな。
確かに宇宙船は出現したのだ。どこの星からやって来たのか、何故地球なのか、
何の為に・・・織原の言うように目的が分らんが。
今のところひとりの目撃者か。
幸いと言ったらよいのか幻という風評で済みそうだな。だがな、
違うのだ。その主婦は確かに宇宙船を見たのだよ・・・。
根拠を手に入れたのだ。河原崎防衛庁長官、アレを出したまえ」
分りましたとソファから立ち上がり、執務室の電話を取ると、一言二言何かを
小声で話し、踵を返した。
一分程の沈黙が流れた後、執務室のドアが開いた。
ひとりの男がトランクを大切そうに胸に抱え、それを守るように二人の男が
入って来た。
原崎が顎を動かすと、トランクがテーブルに置かれた。
三人の男は頭を下げると、室内から出て行った。


漆黒の色が鈍くシャンデリアの光を集めていた。
中にあるもの物専用に作ったトランクと思われる。
儀式のような蒔絵画がトランクのデザインとして、威厳を放っていた。
原崎がスーツの内ポケットから、鍵を出し、カチャリと開けた。
どうぞと一藁にケースをずらし、渡した。
静かな室内にツバを飲み込む音がする。
「これだ・・・」
やせ細った一藁の手が、全員に良く見えるように、高くあがった。
それは・・・フラスコにも似た瓢箪型の金属塊であった。
誰かが、立ち上がる気配を制止して、一藁が続けた。
「君達があまりにも能無しなものだから、ちゃんと証拠を掴んでおいたよ。
これが何か分るかね?
公安警察の新米を常央大病院へ潜ませた。北島という名の男だ。彼が学長室
から拝借してきたものだ。良からぬ企みをしている市島の所からだ。
前置きとはワシらしくもないが、こんな経緯でよいだろう。
これは、望遠鏡である。但し、普通の望遠鏡ではない。小石、今何時かね?」
改めて一藁の切れ味鋭い頭脳と、そして恐怖を覚える洞察眼に、身を射られた
ような小石礼子であった。
まだまだ何が出てくるか、分ったものではないわ・・・
この人は何も知らない振りをして、質問している・・・
隣に座った公文寺に肩を叩かれ、振り返ると時計の辺りを教えている。
「あ、はい。午後二時二十三分です」
間を置いてしまったが、一藁は機嫌がよさそうだった。
おそらく高根沢首相の消息が今だに掴めないとの、願ってもなかったチャンス
到来が、なせる業であろう。
「北緯36度13分34秒、東経140度06分10秒、ここに位置するものは ? 」
一藁は【フラスコ】の上部、下部にしきりにその細い目を集めていた。

・・・・・・・?

「誰も知らんのか。ワシはヒントを与えながら話して、おる。男体、女体の双峰
から成っていた筑波山だよ。今、議の的ではないか?・・・男体は崩壊したがね。
午後三時に筑波山にこの望遠鏡を向けたまえ。
何が見えるか、自分の眼で確かめてごらん。そしてもうひとつお見せしよう」
そのフラスコを、回覧だ、と言い隣の大八木に渡すと、今度はA3程の広がり、
厚さ三センチ程のコピー用紙の束のような物を取り出した。
「この中にある物を推理してくれたまえ。ヒントとして銀色の折り紙を四分の一
程の大きさに縮小した形と言っておこう。勿論折っては、いない。
αがあればβも存在するものだ」