箱舟が出る港 第六章 二節 装束 六

murasameqtaro2007-04-05

ひととおり"回覧"された
【フラスコ】が
一藁の手に戻った。
この金属塊が、望遠鏡だと ?
原崎以外は
信じられない
という顔をしていた。
もっとも河原崎とて、二度目の対面である。
午後三時に、筑波山の"方角"にフラスコを向ければ、何かが見えると言う。
時間が待ち遠しい。
何がフラスコの向こうから現れるのか?
まだ覗いた事のない、上下部にある、針先程の小さい穴である。
レンズなどの仕掛けは、ひとつも見当たらない。
感情のない、自然体の金属にしか見えない。
霞み掛かる北空に、カラスが数羽飛んでいた。
勿論筑波山の姿は、ここからは見えないのだ。


・・・陽に当ててまで、良く見ようとしたヤツは、一人もいなかった。
フラスコには陽を受ければ、浮き出る文字がある。
気ずかないとは、馬鹿なヤツラばかりだ。
しかし、解読はこれからだが・・・
心の中で呟くと、一藁は考える時間を与えないように、咳払いをした。
「MMV・・・現在までの統計によると、ほぼ十五歳〜約五十歳位までの女。
感染した女と性交をすると、高い確率で男は死ぬ。だが知っての通り、
不文律なのか・・・死なない層がある。上下のズレは多少あるが、ほぼ
七十歳以上の年齢層だ。これ以下の男は役目を終えたように、
あの世に召される。
ならば残った老人の役目が必ずあるはずだ。ワシはそれに賭けてみようと思う。
このまま朽ち果てるとは遺憾なのだ。
さて、その望遠鏡の仕組みについては、これを見て貰ってから論議しよう。
さて何の変哲もない白いプラスチックケースだ。一見コピー用紙の束に見えよう。
この中にある物はさて何か?
小さい折り紙だ。折ってはいない。
どうした? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔では、正体を看破出来んな」
プラスチックケースの上下の角を器用に外す一藁。
パカリと乾いた音を残し、その中があらわになった。


・・・おお!


銀色の薄い紙のようなものが、浮いて、いる!?
蒸気に吹かれたように、ゆらゆらと、ケースの中に三センチ程の高さに、
浮かんでいる。
小さな折り紙のようだが、よく目を凝らせば、それは金属であることが分る。
ひどく柔軟な金属と見え、神経質な人の心のように、絶えず輪郭が
波打っている。
今しがた見せられた"望遠鏡"よりも奇妙な物に、一藁を除く全員が身を
乗りだした。


「こっ・・・これは、何なのですか!?」
国税局長の国友が驚愕の声を上げた。
「見た通りのものだ・・・」
「一藁先生・・・見た通りって申されても・・こればかりは、なんと、
なんと形容したらよいのか」
泣き声に近い声の国友である。
幽鬼の国税局長、との異名をとる国友でさえ、お手上げのようだ。
紙のような金属が、ふわふわと踊って、いる。
「直感で言ってみろ?」
「生命体・・・でしょうか? で、なければ、このような動きは・・・
動きは・・・?」
「違うな。話しが長くなるから、教えてしまおう。その顔では、全員分らない
ようだ。エレベーターの中にある、点文字、を連想しろ。
行きたい階層のランプの下にある、アレをだ。ブツブツしているアレだ。
アレがこの小さい折り紙の上に載っている。大きさにして、
ひとつのブツブツが、縦、横、高さともに2ミリである。
肉眼ではなかなか分らん。
それが30ほどある。生命体はその中に居るのだ。
いいか、よく聞け。 拡大したものを見せる。その前に教えよう。
・・・ この紙のような浮遊体は、宇宙船なのだ ! そして、点文字のような
突起とその中の生命体の姿は、これだ!!」
一藁の声のボルテージに併せたように、執務室の電気が消えた。