箱舟が出る港 第六章 二節 装束 七

murasameqtaro2007-04-07

横、上、
左右斜めから撮られた
何枚ものデジタル画像が、
大きなモニターに
映し出されていた。
透明な半円形は、
操縦席、コクピットであろうか。
人間と同じように、
宇宙空間を航行するためには、酸素が必要とされる生命体なので
あろうか。
二ミリ立方の中に横たわった生物は、実寸大では0.5ミリ以下の大きさの体
のはずである。
UFO番組などで観られる、固定観念を押し付けるエイリアンと、180度違った
姿をしている。
エリア51に隠されていると噂される異星の生物は、空洞のような目と尖った
耳を持つ、所謂"グレイ"型が、想像として形骸化している感は払拭出来ない。
現在まで、内閣官房室の執務室という密室の中の、一部の人間が接触したのは
メディアで報じられている姿は、やはり架空だったのだと、今更改心させる
神秘をも湛えていた。
もっとも、太平洋上で戦いを待つ戦艦ミリオンダラーの中に居る火星の衛星、
フォボスの生命体も"キリン"に似た姿をしていたが、小さなこちらはもっと、
ヒューマノイドに近かった。
"キリン"の存在は、この時点で、いかに一藁であろうが、
まだ知っていなかった・・・。




どこからとも知れぬ星からやって来たエイリアンは、眠っているようだった。
モニターの浮いた灯りは、一藁以外の野望を持つ陰謀者の顔を、
彫刻画のように、深い陰影を刻みこんでいる。
室内の空気が攪拌され、氷の結晶が壁を覆い、七人の特権者を、永久凍土の
中に閉じ込めたような衝撃が感じられる。
幼稚園で、小学校で使用する折り紙の大きさは、
縦横15〜17センチが一般的である。
その四分の一センチの大きさは、即ち7.5センチサイズの千羽鶴を折るに
適しているサイズに、静脈 、血管があるかのように絶えずくねくねと、下からの
蒸気がよって押し上げているかのような"宇宙船"であるという。
しかも上部に二ミリの突起が三十ほどある。これが"宇宙船"の居住区間なのだ、
と言う。
様々な角度から撮影された画像は100枚ほどでモニターから消え、
再びシャンデリアに灯りが点った。
時計は午後二時四十五分を指していた。




厚生労働大臣 小石 礼子。
内閣官房長官 一藁 力。
民主自由党総務会長 大八木 麓輔。
警察庁警備局長 公文寺 鋭治。
厚生労働省事務次官 織原 茂樹。
関東信越国税局長 国友 久司。
防衛庁長官 河原崎 照光。 



「どうだった、対面した宇宙人は?」
くっくと上目使いで、与党最大派閥の長、一藁力が六人の男女の顔に、一人ずつ
細い眸で問いかけていた。
「・・・男女の区別はつきませんが、人間に似ていますね。肌の灰色と
濃いベージュ色のまだら模様が不気味ですが・・・首が少し、長い。
目は開いていませんでしたが、開いたとすれば、円らではないのでは? 
鼻の穴から出た、ミミズのようなものは触覚でしょうか?
あるいは酸素の呼吸補助器 ? 口の両端からも、同じ物が出てましたね
・・・食べかすのような緑色も付着、滋養物・・・?葉緑素の類でしょうか?
丸く禿げたような頭頂部には鉱物 らしきコブもありました。コクピット
どこかへぶつけたのか、手術後の人工的なものなのかは解りかねますが。
腰から下を覆うものは、何らかの水溶液のようです。
宇宙服なのでしょう。あの白はシリコン製に私には見えました。
デザインは何もなし、ですね。
液体に浸かっているようでしたね。個々に与えられた中のコクピットは、
ピラミッド型。
電子機械、配線回路、宇宙食、本とかの文明を模索する手かがりは、
一切ありませんでしたね。ただの白い空間です。
・・・地球外生物・・・宇宙人など存在するとは・・・
私は夢にも思った事もありませんでした。
根拠は相対性理論です。一番近い外宇宙、ケンタウルス座アルファ星まで、
光速で1.7年かかると聞いてます。
光を宇宙船の推進力に応用するなど、地球ではこの先、何百、何千年かかろうが
不可能と思っておりました。
電波天文学も、アメリカのオズマ計画を筆頭に、
宇宙の声などひとつも発見出来ていません。
よってアルファケンタウリにさえ、生命が居るとは思えません。
もっと、もっと、とてつもなく遠い星から飛来したのでしょうか? しかも
想像も出来ない程の高度な文明を持った星です。」
税金のごまかしを幽鬼の如く追求する国友であったが、中々宇宙論にも造詣が
あるようである。
なければ、αβ【アーべィ】計画を立案する、この場にお呼びはなかっただろう。
国友は、ハンカチを出し、汗を拭いた。
空調はとてもよく利いている。
背筋の寒くなるような冷や汗なのであろう。
「・・・確かにヒトに似ている。」
和服の一藁は、呟きながら、羽織を脱ぎ捨てた。