箱舟が出る港 第六章 二節 装束  十

murasameqtaro2007-04-10

気丈な真理であったが、
イスから転げ落ちそうになり、
あわててバランスを
修正した。
ロボットだと言われても、
ああそうですか、と納得する事はとても出来ない。
会社側の悪い悪戯なのかと、怒りが込み上げてきた。
手の甲に浮き出た血管、昨夜整えたような揃った爪先、頭髪の生え際にある
細かいフケ、ほのかなコロンの香り、父が着ているものと同じような安物の
スペアズボン付きのスーツ・・・
多少目のあたりに違和感は感じはしたが、どう観てもロボットなどとは思え
ないのだ。
定めし万歩譲ったともしても、ロボットである証拠をどこに見つければよいのか。
テレビでみかける人間型ロボットは、ぎこちなくも金属質丸出しで、いかにも
黎明期の産物と言う稚拙な感じである。
SF映画に出てくる、人間と同じようなロボットの製造技術など、まだまだ先の
話しだろうと思う。
平均寿命をまっとう出来れば残り六十年以上。
真理の臨終の時まで、長い歳月だが、お目かかれない可能性が高い。
そしてのこの衝撃が本当だとしたならば、百万年経過しても、忘れる事は出ない
光景であろう。
真理はアメリカ映画のエイリアンシリーズに出てくる、体液が白いロボット
【アッシュ】を連想した。
「わ・・・私を・・・どうするつもりなのよ?」
場合によっては警察へと、続いて口が動きかけたとき、大きな手に制された。
「お嬢さんは面接に来たのではなかったのかな? 驚かせて申し訳ないが、
核電池の寿命がお嬢さんのところで来たようです。他意はありません」
山中社長は高原の湖に通じる近道を双眸に持っている。
【本物】の大島と花形が、それぞれ分身のようなロボットを軽々と担ぎ上げて
いる。
「小糸くんだったね。ここに来れば、助序にお転婆ペティも、清い素敵な
レディになれさ。生まれながらの性悪は、いない。微妙に足を広げる芸は、
もう止めような? すけべも居るだろうが、巡行では笑われるのが落ちだぜ ?
・・・社長、核電池の交換に行ってまいりますが、宜しいでしょうか?」
ヒゲの濃い大島が、軽口を叩きニコニコと見つめながら、山中の前で直立不動
の姿勢をとった。
大島に肩から抱え上げられたもう一体の大島は、仰向けの体勢である。
普通このような場合、俯けのUの字、海老の形で担ぐものなのだが、
逆海老であった。
一流の体操選手でも、背中の裏と尻の裏が接する柔軟性など、持ち合わせて
いない。背骨が折れる事を覚悟すれば、別ではあるが。
だらりと垂れた"ロボット"の大島、の顔を穴が開くほど見つめる、真理。


あっ!?


真理ははっとした。
ビー球のような目もそうだったが、三十五歳前後・・・この年頃の男性にない、
決定的な部分を見つけたのだ。
それは・・・あらわになりつつある、毛穴であった。
カレ、郡司とやってしまってから、真理の心も性欲も、一変してしまった。
所謂MMVへの感染であった。
誰でもいいから、抱かれたい。
三十代の中年男どころか、祖父のような男までとも、交渉をもっていた。
抱かれた顔の顔は忘れてはいない。
ヒゲがない・・のだ。
小じわは見えるが、すべすべなのである。
ヒゲどころか、毛穴さえ、見当たらないのだ。
「大島、花形"心"【ハート】 ツー、スリーの調整をお願いする。お嬢さんは、
気づいたようだね? ではもうひとつ教えてあげよう。ロボットと言ったが、
半分は人なのです。しかも一度死んだ人間です・・・MMVでね。
あの世を見てきた男達です。
担がれているのは・・・大島社員の兄、花形社員の弟ぎみです。電池を交換
したら、よく話すがいいと思う。人が知らない事がてんこ盛りです。
では、結果を話しましょう。
貴女の採用を前提で以後の事を話がしたいと思う。
仮採用に合意してくれますか? お嬢さん」
何故と問うのも、はがゆい。
波に吸われながら積もる事もない、雪。
小糸真理は実家のある那珂湊の冬の海を、山中の言葉に、重ねてみた。