箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 五 

murasameqtaro2007-05-04

「ちょい待てえ。
鍋島云々は
今はどうでも宜しい。
坊主でどうかなる代物なのかィ?
怪しかモンと違うのかい?
大本教の例もあるしのう。
ま、気にさわったら謝り申すが。
学生さんよ、まず
学者にまかせちょったら良い。
おはんは鉱物に長けているようじゃが、物理はまだ学びが必要じゃの。
つまり職業軍人も兼務するこのワシにまかせろいう事たい・・・そして
学生さんよ、おはん、ウソついちょるな?」
 巨漢と小柄だがごつい柔道着の二人。宮司と学生。ただでさえ狭い道に
固まっている。
 参拝客がぶつぶつと文句を言いながら、四人の脇をすり抜ける。
 「ああ、いけません、皆さんの邪魔になります。拝殿に入って下さい」
源吾は衣の裾を宮司に引かれた。四人は小さな拝殿に入った。
 「ウソとは何でしょうか?」
出されたお茶は薬草混じりのようであった。香りと湯気が交差した辺りで、
源吾の眼を直視した。
 ふふんと源吾は鼻で笑った。
 「おはんはこの石を探しに、筑波山に来たのじゃろ? 石を飛ばされのは
おはんじゃよ。 おそらくはどこかのウラン鉱脈あたりで爆発したのじゃろ?
確かに鉱物学者としては、一流の炯眼を持つちょるようじゃ。じゃがのう、
おはんは役者でもある。ここに現れたのは偶然でなかとね。
奪いにやって来たのじゃろ。見事な動きじゃつた。おはんの顔は岩清水のようだ。
人に好かれる事じゃろうて。また人望もありそうじゃ。政治を志せば一流になれる
のと違うかい。だがのう、ワシの目は節穴ではなか。右手の創傷は何と
返事申す。試合、稽古を鬼のようにしたワシの目はごまかせん。見た事もない
アザだ。おそらく放射能でやられたのじゃろ? 加えてじゃ、おはんの右目は
見えんはず。微妙にだが、左右の焦点がずれちょるばい。そこひ、【白内障
じゃな?年寄りが患う眼病じゃよ。若いおはんじゃがの?」
 どれと幸吉が高根沢の右手の甲を取った。
「なるほど。セイガクよ。おめぇ、左目を隠してこれを読んでみろ」
柔道着の下に巻いた腹巻の中にガマの油が入っていた。陣中膏ガマの油
文字が、袋に大きく書いてある。
 「・・・参りましたね。大変な方と出合ったものです。石と同様探していた
方のようです。これも赤い糸でしょうか。男体、女体仲良く並ぶ・・・
筑波山は男女の縁結びの神宿ると聞いてましたが、こんな結びも力になって
くれるとは。・・・そうですか・・・あなたにまず賭けてみましょう。
技術が必要なのです。京大の仁科博士に任せれば問題は解決するかも知れ
ませんが、陸軍の息がかかっております。いい宿はありますか?鍋島さん
の所はどうやらそれ以後でも遅くないようです」
「・・・田井様のトコはどうじゃろうか」
 源吾が済まなそうに、幸吉を見た。
 「毎日、大メシを食らって居ずらくなったか。あの人は懐広い方だっぺ。
こいつも泊めてくれの一言で、笑って迎えてくれるべ」
「がっ・・・学生 ! お前が、お前が、この人殺しの石を投げたと言う
のか!!」
 三人の話しを黙って聞いていた宮司の体が、わなわなと怒りに震えた。
殴りかかりそうな鼻息である。
 「そりゃ違うたい。この石は生きている。またこん山には磁場がありそう
じゃな」
 源吾は穏やかに宮司を制した。邪魔された宮司は源吾を睨み返す。
 「どういう事ですか、大尉さん? 場合によっては・・・」
 「だいじょうぶでござんで。それにの、この石はウラニウムを含むが、本質は
記憶装置でもあり申す。いいからみうてみぃ」
 何だと!?
 三人は驚いた。
 「どうしようというのです?」
野球のホールをふたつ合わせたような形のその石。丸い砂時計のようだ。
鉄アレイにも似ている。
 「こうして振るのよ」
シェイカーを振るように、源吾は石を上下左右に目まぐるしく動かした。
 「ふむ・・・肖像画とは随分違う顔をしているな!」
太陽に丸い部分を照らした源吾は驚愕の声を上げた。
 「何が見えるというんだ、源さん? そんな石の中に」
 「聖徳太子が書物を読んでけつかる。あまりいい顔ではなか。よいか? こん
石のでかきほうが上じゃ。過去のフィルムよ。下は多分未来じゃろ。もっとも
過去を土台に演算した仮想のフィルムじゃろうと思うが」