箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 四

murasameqtaro2007-05-02

 「この石は
どこにありましたか?」
学生は切れ長の優しげな目を、
宮司に流した。
 恐ろしく澄んだ
瞳であった。
 宮司は息を切らしながらも、
慄きつつも、その瞳に懐柔されつつあった。
 体が軽い。トンボになった気分になる。
草が若者の眼であった。
 「・・・それは突然空から振ってきたのです。参拝所の屋根を見て下さい。
穴が開いてます」
子供でも屋根が見える小さな参拝所である。確かに壊れた後があった。
 「それはいつですか?」
 「半年ほど前の、雨の日でした・・・」
 「それで?」
 「誰かのいたずらかと、刹那外に飛びだしました。が冷たい雨が振る初冬の
深夜、誰もいるはずがないのです。思いなおして石を見れば、どうもこの辺り
の石と全く違う。似たような石はひとつもない。だから神からの贈り物としか
思えなかったのです。ここは天孫降臨の地とも言われてますからね。それで
参拝所のお布施場に展示しておいたのですが・・・」
 手をぴしゃりと打ったのは、山中幸吉であった。
「ああ、新聞に載ってたな。そしてその後この山の関係者に病人や死人が出て
いるとの報道もあったべ。髪が抜け・・・なんとかとか」
 「おそらく放射能と見申した」
知流源吾が宮司の肩を二、三度叩くと、野球のボール二つほどの大きさの石を
手にとった。
見た目より異様に思い。
 「そうでしょうね。失礼ですが貴方様は何者ですか?」
高根沢という学生が薄汚い柔道着に下駄履きの二人を見た。
およそ山に登る格好ではない。歳は高根沢より5〜6歳ほど上と見えた。
こらもまだ若い。
 「帝国海軍中尉山中幸吉、同じく大尉の知流源吾であり申す」
源吾はしきりに考える仕草をしている。
職業軍人さんにしては物を見る目がありますね、あ、失礼しました」
高根沢が坊主頭を垂れた。
 「見る目があると来たかセイガク。オメえこそ見る目がある。この大尉殿は
軍人勅諭はからきしだが、物理と柔道の天才だよ」
横の巨体を見上げた幸吉が、軽く笑った。宮司にも笑みを見せたが、こっちはまだ
おろおろと手が空を掻いている。
----隙がないな
 現れてから今までの学生の動作は実に型にはまっている。しかし武道などの
力を極めたものではない。文を極めた柔らかくも強いバリアーがある。
 「学生さん。きさん只者じゃなかとね?」
見下ろす源吾の眼が鋭い。相対する強者の本質を読もうとする、いつもの癖の
ある目に変った。
「何を話しているのです、あなた方。早くそれを高名な僧に渡してもらわない限り、
また死人や病人が出るぞ。その石は魔性の石だ。絶対に砕けない石だ。
私の娘も、昨日入院したんだ・・・」
源吾の高い手から、宮司は石を取ろうと飛び跳ねた。
 「宮司さんの言う通りです。長い時間、接しない方がいいでしょう。ここは僕に
任せてくれませんか」 
穏やかな学生である。
 「秋田鉱専とか言ったな。専門家ってトコかい。源さん、宮司さん。任してやった
らどうだっぺ」
 「確かに学生さんは清い。けれど若いあなたがどうしようというのです?
納得いかねば渡すわけには行きません。近くに警察の駐在所もあるんです!」
泣きそうな顔の宮司である。
 「土浦町の鍋島慈海住職にお願いしましょう」 
 何!!
 同時に唸ったのは宮司と幸吉であった。
 「鍋島の坊さんを知っているのか、学生さん? 実は私もそこへ持って
行こうと・・・」
へなへなと膝をついた宮司を幸吉は見つめた。
 「鍋島とは誰ね、幸吉よ?」
 「土浦航空隊に近い慈門寺の高僧だ。常陸では弘法大師の生まれ変り、
聖人との異名もある」