箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 九

murasameqtaro2007-05-11

「ところで
土浦航空隊の教育はどうかね、
幸吉どん」
源吾の意図を読んだ田井一馬は、
その友の心中を計りにかかった。
源吾は豪放磊落でもあり、
繊細な頭脳の持ち主である。
繊細な頭脳と繊細な精神とは違う。
幸吉は繊細な精神の持ち主であった。
これと決めた主観的なものに対しては
変える事はないが、
何時も客観的な抑揚が伴う。
的は固定されているが、
矢が山ほどあるような男なのだ。
「海鷲(少年飛行訓練兵)の教育は厳しくしております。ただ・・・私も含め
あいつらはいずれ、ひとつしかない未来に賭けねばならない時が来ます。
なんといっても飛行機では一度失敗すればそれまで。敵と渡り合う時は常に
決戦であります。敵を落とすかやられるかの、ふたつにひとつ。今日はやられた
けれど、明日は叩きのめしてくれる、というわけには参りません。まして
七転び八起きなる諺のような悠長な事は海鷲には全く通用しない。よって
初めから死ぬ事を念頭に置き、決戦的な海鷲を養成する事に重きを置いて
おります」
 「宣戦布告すれば、海鷲だけではない。 一億がそうなる。仮にだ、海鷲を
初めこの時代に居る国民の犠牲の上で、未来が、子孫がおかしな方向へと
進んだと考えたらどうするかね?」
 「幸せな国家になると信じております」
 「・・・果たしてそうかな? 源吾どんは何かを感じとったようだ。
帝国軍人を辞めるという考えが浮かんだようだ。辞めて何をするかは知らん。
この石の小さいほうに、未来を見たようじゃ。幸せか・・・源吾どん
の目には未来は不幸せと映ったようじゃね。そして君の心も揺れている
はず」
 「やっ、大和魂はやわなものではありません。あの未来は、香具師の如く
不透明なものであります」
 「航空隊に戻るか? それもいいだろう。だがね、過去は寸分の狂いもない
ようだ。顔はともかくとしてね。君は常々言っていたはずだ。人の心を読む
機械を作りたいと」
 「・・・・・・」
 「親御さんの期待などは捨てよ。迷っているのはここであろう。君自身の
人生ではないか」
 「・・・・・・」
 「この石を工夫すれば、君の望みが叶うかも知れない」
 「・・・・・・」
 「あまり長く近くに置くと我々も被害を受けませんか?」
井上宮司が心配そうに田井を見た。
 「二、三日なら大丈夫なはずだっぺ、宮司さん」
 床の間のやじろべえの動きは中心付近をうろうろとしていた。
やがて蛾が飛びたったように、中心から微妙に、緩やかに右に静止した。
 幸吉も、田井の戦死した婿の、きりりとした肖像を見つめた。
 




















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