箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 十

murasameqtaro2007-05-12

 山中幸吉の実家は、
田井村に遠くない、
新治村藤沢という、
関東鉄道筑波線の止まる
田園地帯の中で、
作り酒屋を営んでいた。
水戸藩郷士だった祖父は、
1864年天狗党に参加し、筑波山に挙兵する。
やがて藤田小四郎を中心に
関東を中心に大暴れするものの、
敦賀の海岸で斬首される。所謂水戸天狗党の乱である。
お家断絶となった山中家は祖母方の故郷、作り酒屋の新治に住まいを移す。
現在の茨城県土浦市藤沢あたりである。
 その父は人も良いが放蕩者で、商品の酒をただで隣近所、知故友人、
あまつさえ通りすがりの流れ者などにもくれてやり、その酒席には自らも
率先して必ず参加していた。
放蕩はしていたが、杜氏の腕がよく商売は繁盛していた。母もソロバンが達
者で、経営は順調であった。
 ところが悪い商人に父が騙され、無一文になってしまったのが、幸吉六歳
の時であった。 
 この頃から人のウソを見出すような、鏡の目つきをするようになる。 
こいつは信用できるか・・・と疑い深い性格になってしまった。
 「田井少将、その前にお聞きします。天井裏に息を潜めている者がいる。
何者ですか?殺気はありませんが、国民学校の六年生くらいの男子ですな?」
幸吉は天井を見上げた。知流も宮司もつられて一斉に見上げた。
 「忍者でもいるんですかぃ、こん時代に」
全く気にしない源吾は、相変わらず酒を飲むのに忙しい。
 「流石ですね、幸吉どん。権よ、出ておいで」
手をパンパンと打った一馬が、おちょこをもうひとつと、美音に言った。
 「小学生ですよ、お父様」
とはいうものの、娘は立ち上がった。
孫の知音は正春の横顔をまだじっと見ている。顔にほのかな朱が湧いでいた。
 天井が開いた刹那、黒い影が座敷に舞い降りた。
「紹介しよう。濃人権市くんだ。日露で戦死した戦友の孫での。飛騨忍者を祖に
持つという。身軽なものよ 」 
「失礼致しました。濃人権市です」