箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 十一
夏柳の下には、
紫陽花や草苺、夏草などが、
競うように青い風に吹かれていた。
初夏独特の精子のような青い風の流れは、
青い母親である草花から生み出される。
ここに群青の空があったとしたなら、
誕生とか、喝采とかの名をつけて、
抽象的な絵が描けるなと、
山中幸吉が呟いた。
田井家を出た知流源吾と幸吉は、
その近くの逆川【さかさがわ】
の土手に寝転んでいる。
川の流れの音が、藻の花という水の中に生息する目立たないものに触れ、
リズミカルなロンドを演奏している。
月光が低い。
「海軍を抜けてどうするつもりなんだ、源吾どん?」
酔いはまだ覚めない。覚めても考えは同じだろうと、寝転んだ手は草を掴んだ。
「どれ、見せてみんしゃい?」
前置きするように、月を見上げていた源吾が、その草を岩のような幸吉の手から、
受け取った。
「ふん、四葉じゃな。幸先がよか」
匂いのない、四葉のクローバー。その整った鼻に近づけた源吾は、腰を上げた。
「過去を知るものは賢者と言ってよか。あん石は未来を変えられるという事よ」
野太い声を認めた川の流れが、迷ったように、微妙に静まった。
「確かにな。オラ達の祖先は猿などでは、なかった。ランソウ類、バクテリア。
この地球に最初に姿を現した生命だ。ランソウが作る酸素が鉄と結びつく。
酸素型大気の出現だ」
「なんと申したらよいのか、凄まじい光景じゃったのう。先カンブリア時代か。
長い長い歴史じゃった。多分、こん地球が出来てから一番、長か時代じゃ。
最初に支配したのは、エディアラカ動物群じゃったのう」
エディアラカ動物群とは、クラゲやウミエラなどの地球創生後、初めて大型化
した動物の一群である。
「そやつらがゼロ戦よりも高度な飛行機とか、見たこともない軍艦のようなもの
とか、大陸間を飛び越える爆弾を持っていたとはな・・・
およそ六億年前の事だっぺよ・・・」
「おそらくアトランティス大陸じゃろう。クラゲが爆弾攻撃で破壊してしまった。
そして次に現れたのは・・・」