箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 十一

murasameqtaro2007-05-13

 夏柳の下には、
紫陽花や草苺、夏草などが、
競うように青い風に吹かれていた。
初夏独特の精子のような青い風の流れは、
青い母親である草花から生み出される。
ここに群青の空があったとしたなら、
誕生とか、喝采とかの名をつけて、
抽象的な絵が描けるなと、
山中幸吉が呟いた。
田井家を出た知流源吾と幸吉は、
その近くの逆川【さかさがわ】
の土手に寝転んでいる。
 川の流れの音が、藻の花という水の中に生息する目立たないものに触れ、
リズミカルなロンドを演奏している。
 月光が低い。
 「海軍を抜けてどうするつもりなんだ、源吾どん?」
酔いはまだ覚めない。覚めても考えは同じだろうと、寝転んだ手は草を掴んだ。
 「どれ、見せてみんしゃい?」
前置きするように、月を見上げていた源吾が、その草を岩のような幸吉の手から、
受け取った。
 「ふん、四葉じゃな。幸先がよか」
匂いのない、四葉のクローバー。その整った鼻に近づけた源吾は、腰を上げた。
 「過去を知るものは賢者と言ってよか。あん石は未来を変えられるという事よ」
野太い声を認めた川の流れが、迷ったように、微妙に静まった。
 「確かにな。オラ達の祖先は猿などでは、なかった。ランソウ類、バクテリア
この地球に最初に姿を現した生命だ。ランソウが作る酸素が鉄と結びつく。
酸素型大気の出現だ」
 「なんと申したらよいのか、凄まじい光景じゃったのう。先カンブリア時代か。
長い長い歴史じゃった。多分、こん地球が出来てから一番、長か時代じゃ。
最初に支配したのは、エディアラカ動物群じゃったのう」
 エディアラカ動物群とは、クラゲやウミエラなどの地球創生後、初めて大型化
した動物の一群である。 
 「そやつらがゼロ戦よりも高度な飛行機とか、見たこともない軍艦のようなもの
とか、大陸間を飛び越える爆弾を持っていたとはな・・・
およそ六億年前の事だっぺよ・・・」
 「おそらくアトランティス大陸じゃろう。クラゲが爆弾攻撃で破壊してしまった。
そして次に現れたのは・・・」