箱舟が出る港 第七章 一節 駆逐艦大風 知流源吾 十九

murasameqtaro2007-05-23

 鉛色の空は
近づく梅雨の影響か、
工業都市特有の
煤煙の齎すものなのか、
知流源吾には
判断がつかないでいた。
 はっきりとしている事は
ひとつだけ、この未知なる石が発言するのは、
梅雨明けのもう少し後になるという事だけである。
 季節と煤煙が企みを持ち癒着したかのようで、
影絵のような暗雲が天空を覆いあざ笑ってっているような気がした。
 西の空が暗い。明日も晴れはしないだろうと思う。
 日立の大煙突付近から見下ろす、会瀬海岸の奥の太平洋は、隙だらけだ。
天然要塞然とした港は世界に山ほどあるが、遠浅の日立港は自然が
鎧を纏っていない。海防艦の姿も見えない。
 例えばアメリカかと戦いになったとしたならば、艦砲射撃などにより、
日立市は大きな打撃を受け骨抜きにされるに違いない。
「駄目だな・・・」
山中幸吉が愛用のタバコの【光】を銜えた。
「ああ、じゃが、あわてる事はなかとよ。昭和十六年、つまり来年以降の歴史は
変わる可能性もあるという事じゃ。未来は確かに覗けた。だがのう
ノイズだらけの画像になっちょる。歴史も迷っちょるのじゃよ。わしたちに
軌道の修正を訴えているのかも知れんな」
 大雄院病院の隔離棟が見えて来た。ここに煙害被害者が多数入っている
という。
 その中に高根沢正春のような放射能被害者は何人いる事だろうかと、源吾は
皆藤院長に呟いてみた。
「腐った病院でね。町は悪徳政治家と企業とやくざが癒着している。
医は仁にあらず。金だよ。だから優秀な医者が寄り付かない。僕は精神医
だから詳しい事は分からないが、内科医の色川医長がいるはず。だが期待は持
てんよ。色川は獅子身中の虫さ・・・医師としての使命を捨て、
金に固執してしまった・・・」
皆藤のこめかみに血管が浮き出ていた。
「いずれ悪いやつらは全員叩き出してくれる。まずはウラニウム鉱床を調査せね
ばならん。病人から聞き取りを始めよう」
 皆藤を先頭にして知流、山中、大林が傾斜が深い坂を上っていた。