箱舟が出る港 第七章 二節 激動の波頭 一

murasameqtaro2007-05-24

「まだ知流の
居場所は
分からんのか?」
昭和15年7月22日、
広島県呉市大入沖。
三枝利一海軍大佐は、
部下である知流源吾の
消息を掴めず、苛立っていた。
12センチ広角砲を見つめながら、
野郎にぶちこんでやりたいよ、
重巡洋艦愛宕の艦橋に
並ぶ矢吹新太郎中尉に呟いた。
 逃亡は軍法会議ものである。直属の上司である三枝もこのままでは、
ただでは済むまい。
「ええ・・・噂の範囲ですが・・・」
矢吹中尉は、どうしたものかというそぶりを全身に表しながら、半歩ほど
三枝の前に出た。
「どうした、矢吹? 奴の消息が分かったのか?」
「いえ・・・悪魔で噂の範疇であります。知流大尉とは断定出来ませんが」
「言ってみろ」
「大尉に似た人物が、日立で炭鉱夫の真似事をしているとか・・・」
「何い? 炭鉱夫だと? 誰に聞いた!」
「五菱重工の鉄鉱石採取の責任者です。なんでも泥や煙のせいか顔は
真っ黒で、おまけに山賊のようなヒゲ面だったようで・・・」
「五菱なら、担当は高沢義人だな? 確か鹿児島出身だったな」
「そうです、そうです。五菱重工日立工場近くで、薩摩訛りが聞こえた。
振り返ると大男があれこれ指示を出していたようです。信憑性は高いですね」
「何を好んで今更炭鉱夫などを・・・海大卒、約束された将来の立場を棒に
ふるつもりか」
「まだ知流大尉とはっきりと決まったわけではありませんが。調査の為、憲兵
動いています。しかし・・・」
「なんだ? 支障はあるまい。離脱者は罰す。当たり前の話だ」
「圧力があるようなのです。水戸連隊が捜査に協力しないようなのです」
「何? そんな馬鹿な話があるか。いわば反逆者だぞ奴は! 」
「どうやら田井数馬元海軍少将が、背後にいるようです。今だ大本営にも
影響力があり、陛下にも信頼の厚い、あのご老人です」
「・・・なんだと? ・・・田井閣下が絡んでいると言うのか。
それが本当なら、捜査の必要はない。炭鉱夫は、知流に間違いないだろうよ。
田井元海軍少将が背後にいるのなら、そのうち捜索打ち切りの指示が
あろうよ・・・」
 三枝は胸の痞えが下りたのか、息を吐いた。
「ところが安心はまだ出来ないのです。三日前茨城県北部震源地とする地震
起きました。震度5が日立、高萩、北茨城・・・もっとも家屋の崩壊などは無かった
のですが。地震の後消えてしまったものがあったようです」
「消えた? 何が消えたのだ?」
「三機のゼロ戦です・・・そして消えた代償のように、理解に苦しむ新聞が
空から舞い降りて来たとか。原本はここには当然ありませんが、その新聞の
西暦はなんと2006年、平成18年とあったようです。そして、驚愕すべき記事
として、ち・・・知流大吾なる名が一面を飾っていたようで・・・」