箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

 社会科。教科書の出題範囲を丸暗記する。98点。
国語。同様に87点。数学と理科と英語は嫌いなので、殆ど勉強などしない。
また勉強したとしても、高得点を取れない事を、樺沢辰巳は知っていた。
 五教科の合計が350点。常央大洗高校の合格の最低の目安である。社会科と
国語で200点を取り、残り150を3で割り50点を目安に、受験する。
親や担任は口々に惜しいと言うが、苦手なものに力を費やす事はなかった。
 大洗高校になんとか入学は出来た。
 見目、スラリとした長身で、目鼻だちが濃い。化粧をすれば十分に女形として、
通用するイケメンではあった。 
 その外見とは裏腹に、熱いものを心に持っていた。男気である。細い腕では
あるが、血の気が少なくはない。自己流で拳を鍛える。巻き藁にぶつけた拳に、
たこが出来ている。
 言い寄ってくる女性は少なからずいた。付き合っているカノとは二年の時間が
流れたがキスの歴史もない。やさしげな外見とは違い、相当な硬派なのか、女に
関しては根性なしなのか自分でも分からなかった。
 カノジョは求められればSEXに応じる覚悟はいつでもあったが、辰巳は彼女の
裸体を想像し、オナニーで処理する。
 大人から見ればまったく情けない優柔不断の少年かも知れない。
 何をしても今一歩、踏み込めないのだ。
 ある時些細な事で、彼女と喧嘩した。言い寄ってくる女など、いくらでもいる、
など悪態を吐いたが、樺沢は彼女が大好きだった。
―――辰巳って優しすぎる
 彼女のそんな言葉を人づてに聴いたとき、あっという間に恋は終わっていた。
―――好きだから、何も出来なかった、宝物だったんだ・・・
 その宝物が、至ってぱっとしない男と付き合い始めたと言う。
 樺沢はその頃、悶々とした日々を送っていたのである。