箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-08-20

キューバ葉巻の先の灰が
ポトリと落ちたのは
何度目だろうか。
煙は咥内に入る事なく、
室内を彷徨う。
最新鋭の大型ディスプレイ
だという画面下に、
日本の某巨大家電メーカーの
名が刻印されていた。
そのまた下にこれは隠れるように小さくJUNKOHITACHI
【巡航日立】の名があった・・・。
ボイジャー1号の地球からの距離は・・・?」
葉巻の火はもう直ぐクライナー国防長官の唇を焼くまでに接近している。
一心に画面を見つめていた補佐役の科学顧問も、エドモンド・クライナー・Jの
葉巻に気づかない。
「158億キロメートルです」
背後の椅子に腰掛けた宇宙物理学者は、初めてクライナーの顔を覗き込むよう
に見た。彼にしたところで、スパイラルの旋風が頭を壊しかけている。
「・・・長官! 葉巻が・・・葉巻が・・・」
我に返った、クライナーは、葉巻をぺっと吐き出した。
「ウィスキーは、あるかね・・・? いや・・・テキーラがいい」
「ウィ・・・失礼ですが、ここは確か禁煙だったのです。アルコールなど・・・」
「馬鹿者! あの光景は何だ!! シラフで観れる代物か? 君はなんとも思わない
のか?」
「思います・・・実は私も・・・分かりました。ストレートでご持参するように、
指示いたします。少々お待ちを・・・」
分厚い眼鏡をかけた顧問は、震えた手で椅子の横にあるボタンを押した。
クライナーの顔面蒼白の顔に、汗が湿疹のように、悪意を向いている。
茶番だ、これはCGとかの合成技術を駆使し、創作したものだ、と何度否定しよう
としたことか。
されど、事実である、ところが現実であった。何故ならば自らが設計製作し、
試験段階を迎えた超極秘である三門のドゥリットル荷電粒子砲が、絶対あっては
いけないスクリーンの向こう側に、幽々と存在しているからだった。
試算では実戦配備までは、あと半年ほどの時間を待つ、最新鋭の兵器であった。
ところがすでに実用されている・・・?それも三十年近く前に打ち上げられ
ボイジャーに搭載されて、いる。この不条理の回答をどこに見出したらいい。
・・・ひとつだけだが、心当たりがあった。
―――まさか、父が・・・・。
三十年前。
超電導の応用を各国が凌ぎを削っていた昔である。兵器にするのには超伝導
コイルの開発が欠かせなかった。 設計図の基本は、亡父が作成したものだった。
それをベースに、長い時間をかけ完成させたのはクライナーであった。功績を買
われ、DODペンタゴン】のトップに登りつめたのである。
―――父は隠していたのか。今まで俺はなんの為に汗水を流してきたのか。
三十年もの昔、とうに荷電粒子砲が完成していたとは・・・。  
 荷電粒子砲ドゥリットルは、重イオンを砲弾として発射する。イオンを押し出す
粒子加速器はまさしく小型超伝導コイルであった。
―――いかにペンタゴンのトップと言えど、知ってはならない世界があった
という事か・・・。肉親も社会も自然界も・・・何もかも信じられぬ世界だ。
テキーラが運ばれて来た。クライナーは一気に飲み干した。
スクリーンの中ではボイジャーだという菱形の物体の上部、クライナーが設計
したものと姿形寸分狂わない砲塔から、重イオンビームの連射が続いていた。