箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-08-21

ポンコツスバル360が、
河川敷に止まっている。
持ち主はキイも外さず
笹笛を吹きながら、
釣り糸を垂れていた。
蓬髪でジャージ姿、
足には高下駄を履いている。
野っ込みの季節というのに、
【闇の殺し屋】死掛人
菊村貢のウキは一度も
動いていない。
他の釣り人は近くを敬遠し、
あたりには他に誰もいない。
それが少し前から川に石を投じる邪魔者のせいだとは知っていたが、
貢は静かに【赤とんぼ】を奏でていた。
男の子がいた。
河川敷の上、幅の狭いアスファルトに絵を描いていたり、紙飛行機を飛ば
したりしているうちに、すっかりと夕焼けが一面を覆っていた。遊ぶものを
川面に石を投じる水面切りに切り替え、しばらくの時間が流れ、貢も少年が
気になりだした。
「ぼく? ひとりでどうしたんだい?もう帰らなきゃいけないね」
貢は笹笛を捨て、少年に近づいた。
「ママを待っているんだ」  
「ママはいつ、帰るのかな?」 
「わかんないよ。出ているんだよ、きっと・・・」
「出ているって、何がだい?」 
「パチンコ・・・」
そうか・・・と呟いた貢は河川敷の向こう側にある、巨大なパチンコ屋の
ネオンを振り返った。
「ボク、何年生かな?」
「にねんせいになったばかり・・・」
「パパは・・・?」 
「・・・いないよ。りこんしたんだ」
「そうか・・・変なこと聞いてごめんよ・・・ごめんな」
「おじさんは誰 ? ほーむれす ?」
常陸那珂川の河川敷には少なくない青きビニールハウスがあった。
「違うよ。前はね、大学の先生をしていたけれど、今は修験者だよ」
「だいがくはしっているけど、しゅげんじゃってなあに?」
「山伏、ともいってね。お山と仲良くなるお仕事をしているんだ」
「・・・ふーん。やまぶし。それ、おかねになるお仕事なの?」 
「そんな事よりボク・・・お舟を作ってあげようか。おじさんの作ったお舟はね、
絶対に沈まないんだよ」
汚いジャージのポケットから、一本のススキを取り出した。
「ささぶね?」 
「似ているけど違うよ。ススキ舟というんだ。おじさん流に言えば、箱舟とよん
でいるのさ」
「はこぶね ? 箱じゃないのにへんなの・・・でも作って、作って!」
「よしきた! ママが戻るまでおじさんと遊ぼう」
貢はススキを半分の長さに切り、格好のよい舟を即座に作り上げた。
―――俺は・・・この子の年齢の時、何をしていたのか?
どこからか、熱いものがこみ上げて来た。体が震えるような哀しさが、襲う。
赤ん坊の頃、山の中に捨てられたという。その山を棲家として、表稼業は
修験道を極めようとしている僧である。 
「さあ、行こうぜ」
少年の肩をたたき、繋いだ手を強く握りしめた、殺し屋の一面だった。

  

  

 

「目標位置捕捉出来ず。軌道修正Y軸マイナス3。暫時斉射せよ、斉射せよ。狙
いは直径五ミリの穴。私【ハート】は、最悪の場合を模索する。各々の知力を
持ち探せ、判断に任せる。必ず捉えよ」
シュパーッ!!
キンッ!!
パシュー・・・
水銀色の荷電粒子が次々に放たれるが、水圧銃が堅いガラスにぶつかり、水が
四方八方に飛散する姿に似ていた。ビリビリと空間を揺るがしはするのだが・・・。
破壊光線は容易にヘリオポーズを砕くことが出来ない。
宇宙船ボイジャー1号コクピットの中に、金属質の声がこだまする。
打ち上げ時、ボイジャーにはコクピットなどは無かった。
あらかじめプログラムされていたのだろう、へリオポーズ【境界】を眼前にし、
形状記憶が蘇り、今や打ち上げ時の姿の面影は、ひとつのかけらもない。
金属質の声は、コクピット後方に置かれた、バレーボールを少し大きくした、
水晶球に似た透明な物体から出ていた。球の中には、赤く細い人間の血管か
神経のようなものが、不規則に配列されていた。その名を司令塔、心−1
【ハート・マイナス1号】という。
対峙する向こう側の七色の光を従えた【敵】も、いよいよ距離を縮めて来た。
光の中心にある、これも丸い司令塔らしきものは、夜空の恒星の如くはっきり
した輪郭が見えない。まるでより遠い場所から、ホログラムとして投射され、
七色の兵隊を指揮しているようだった。虹の光線も遮る壁を破壊出来ず、焦点
をあちこちに定めているらしく、めくら打ちの様相を呈している。恐らくは
相手も五ミリの穴を探していると思われる。先に補足したほうが、勝利を収
める可能性が高い。 
素粒子フィルターを射出せよ」
心−1は臆することなく、ボイジャーの全ての人工的組織体に、命令を下した。
すると砲塔【ドゥリットル】から斉射されていた荷電粒子ビームが一瞬止まり、
すぐさま青き色のビームが敵に発射された。
コクピットの中にいる、唯一の生命体、戦闘グリズリーX0の眸に、質の違う
青の軌道鋭くが走った。
荷電粒子ビームは境界に弾き飛ばされるが、破壊を目的としないフィルター
ビームはいとも簡単に壁を透過した。
ブーンという音と共に、コクピットの中に敵の光源の立体画像がおぼろげに
浮かんだ。
「画像を調整せよ、レベルを最高値に高めよ。敵の姿を映し出せ」