箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-09-08

茨城県
龍ヶ崎ニュータウン
盛大でもなく、
貧弱でもない、
ごくありふれた通夜の
日であった。

横浜アリーナ
指定席A12。
手垢にまみれた
タッキー&翼のコンサートの
チケット。
「パパとママとゆかでねぇ、一緒に行くんだ!」
山口ゆかは勉強机から、何度チケットを出して、遊びに来た友達に自慢したか
分からない。
勿論タッキーは大好きだが、ゆかにとってはコンサートは二番目であり、久し
ぶりの家族ぐるみの外出が、実は一番嬉しかったのだ。
小学三年生。
「ゆかは真ん中、パパとママに手をつないでもらって、横浜へ行くんだ」
×がついた五月のカレンダー。
○がついている日までの空白は残り十日もなかった。
九歳にもなれば、人の死の意味を十分理解出来る年頃である。
もう動いてくれない大好きなパパ。
握ったチケットは涙を払う手でもはや、ぐちゃぐちゃになっていた。
これからずっとパパとは二度とお話は出来ない。
―――うん、それはよかったね。
学校の話や友達の話を楽しそうに聞いてくれた山口博。
コンサート用に買ってくれた新しい洋服を来たゆかは、沈黙して座る母の洋子の
背中に抱きついていた。
ゆかの涙は洋子の背中に張り付き乾かない。
―――どうして死んでしまったのよ。悩んでいたなら、なぜ相談してくれなか
ったのよ・・・。
発作的な自殺であったが、そこはやはり女である。
今を考えるよりこれから子供とふたりで生きていかねばならない長い未来を考え
ると、愛するが故に亡き夫に対する怒りもある。
JA東龍ヶ崎と描かれた車が、トラックを伴い到着した。
株式会社樺沢工業所代表取締役 樺沢至。
株式会社樺沢取手代表取締役副社長 樺沢光記。
樺沢取手社員会一同。
樺沢東京総務部一同。
作業着姿のJA職員が「この花輪はどこに置きましょう?」と身内らしいがっちりと
した厳しい顔の男に尋ねた。
樺沢の名を見た刹那「・・・悪いがそれは要らないよ。四つでいくらになるか
ね・・・?」
目が真っ赤だ。
樺沢関係の弔電はすべて破って捨てたばかりだった。
訝しそうな顔をする職員に「10万もあれば足りるかな」と財布から金を出し、
強引に押し付けた。
「これは捨てて欲しい」踵を返し男は家屋の中に消えようとした。
「あの・・・お代は貰ってますし、それに二万ほど多いのですが・・・」
追いかけた職員が訝しそうに云った。
「いいんだ、返すよ。産廃物処理場にでも捨ててくれたまえ!!」