箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-09-14

国立R大学の講師から、
市島学長の強い要望があり、
常央大学に助教授として
序招聘されたのが一年前である。
山下道則は三日ほど取り替えていない
白衣をさも気にせずに教壇に立っていた。
「学名ドロソフィラ・メラノガスター
黄色ショウジョウバエです。蝿は害虫
ですが、君たちがこれから学んで行く
動物遺伝の研究の中では、大切な益虫と
言えます。長さにしてわずか三ミリ、実験室の場所をとらない。十日乃至十五日
程で新しい世代を作ります。ヒトの細胞が分裂する時に、染色体は一時的に92本
になり、そして46本に分かれます。それに対し蝿の遺伝的構造はたった4個の
染色体で出来ています。これほど動物の進化に関し適切な研究材料はないでし
ょう。それでは次回まで。ごきげんよう
新年度の第一回目の講義を締めくくった。
ポケットには肌身離さない、依頼、された鉱物が入っている。
それを握り締めながらの講義であった。
―――この物体の正体をつかんで欲しい。
常央大学学長、市島典孝から秘密裏に渡されたのも着任の日であった。
「皮肉なものだな・・・」流行がとうに過ぎた形の眼鏡を白衣の裾で拭きながら、
山下は研究室に入った。
常央大は私学の雄とは十分知っていたが、予想以上に研究設備、予算も充実
していた。
国立を去って良かったと思うが、ある程度解明出来た依頼品が、山下を悩ませ
ていた。
それは手の中に隠れる程の大きさの鉄屑の塊のような物の中に、形だけでは
あったが、ショウジョウバエらしき化石が眠っていた事を認めたからだった。
鉱物の年代を測定するにはウラン・鉛法 、ルビジウムストロンチウム法、
カリウム・アルゴン法 などがある。全ての鉱物測定法を試みたが、いずれも
測定不可とのデータばかりである。
―――地球上に存在しない鉱物であるとの結論に至る。
報告する中間レポートを書きながら、山下の脳裏に市島学長への不信がマグマ
のように浮かび上がる。
「極秘である・・・君だけで研究してくれたまえ」
「なぜですか?」 
「君は僕の指示通り研究をしてくれればいいのだ。君には解明出来る力がある」
「僕を買ってくれるのなら、これだけでも教えてください。この物質をどこで
手に入れたのですか?」
「そう性急になるな。君の使命は大事なのだ・・・」