箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-09-01

大勢の人間が、
エジプトで、
ナスカで、
カッパドキア
イースター島で、
世界各地で、
年代こそ異なるものの、
星に祈りを乗せていたある日、
その物体は空から集団で飛来し、天変地異の喧騒の中にあった。
信仰していた星星は裏切る事なく使者を連れて来たが、かれらにとって
想像を絶する労働を強いるメシアであった。
宙に浮いた物体は、折り紙に相当する大きさであり、しかしそれよりも
軽いようで、ひらひらと蝶のように一定のリズムで動いている。
何百万とも知れない人間をやがて眼下に指揮し、ときおり知恵をあたえる
ように、静かに上下左右に幾何学模様を軌跡とし、移動していた。
それを何の為に作るのか?
ピラミッドをなぜ作るのか?
幾何学的な地上絵を作る意図は何か?
地球人は、理解する術などひとつもない。
それでも作り上げれば、その物体の持つ不思議な力まで、自らも進化できる
と信じて疑わず、人々は血や汗はもとより数知れずの死人を出しながらも、
不可思議なオベリスクを建造したのである。



一斉に花火のように宙に上げられた魚たちは、数秒ほど一点で止まり、感電し
たように震えると、くねくねと川面に落ちてきた。
魚の雨が常陸那珂川へ降り、近距離の太平洋まで飛沫が届いている事に少年
は歓声の声を上げていた。
大洗〜苫小牧航路。かつて少年は北海道旅行の為乗ったフェリーの中で、不安
な夜を過ごした思い出があった。台風の影響により、船が大きく揺らぐ度に
父親にしがみついたのだった。しかし父は気だるく面倒くさそうに抱くだけで、
いつものアルコールの匂いだけがした。
わっ!
飛沫は大波のようにうねり、我が身を漂うフェリーに置き換えた少年は、
菊村貢に思い切りしがみついた。
すごいや、と一瞬瞳を輝かせはしたが、嫌なものを思い出させたという裏切ら
れた気持ちがある。だが抱き寄せられた貢の胸は、かつての父親よりも暖か
かった。
ススキ舟は魚の動きが作用した強い流れの中で、心細く浮かび、時には回転
している。
とっくに水泡に帰す小さき姿であったが、その【箱舟】は人さえも浚う強い
流れの中で、臆することなく、沈む気配などは微塵もない。
海側に動く濁流に逆らい、反対方向へいとも簡単に動いている。
貢に抱きついた手がゆっくりと解かれた。
「すごいね、おじさん。どうしてこんなことができるの?」
貢は少し物憂げに
「だからね、ボク。これがお仕事なんだよ」と少年の肩を摺り寄せた。
一メートルはあるだろう一匹のシーバスが先ほどから、川面に顔を出している
事を貢は見逃さなかった。
およそ泳いでいるとは決して言えない格好で、対岸のテトラポットに隠れる
ようにして、丸い目玉で貢を見つめているのだ。
―――いったいどうしたんだ、お前?
初めて見る表情である。自然を操る修験力を身につけた貢に、何があったか
戦いを挑むような、どろりとした丸い目玉で睨んでいる。
「あら、ケンちゃん、探したわよ!どうして車の中で待てなかったの!!」
八つ当たりをしているような大声は、どうにもパチンコで負けたようだった。
「ああ、すいません。私が遊ばせて貰ってました」
「こんな汚いおじさんとあそんじゃ駄目。知らない人についていっちゃ駄目
っていつも言ってるでしょ!! さ、帰りましょう」
振り返った貢は母親の顔をじっと観察した。
―――以外に悪党じゃないようだ。というか本質は真面目すぎる女だな。男運
が悪かったってとこだな。この女なら、十分やり直せるだろう・・・。
貢は少年を抱き上げ、母親の元に下ろした。
すぐさまポケットから一枚の小切手を取り出し、母親に渡した。
「なんでしょうか、これ?」
「あんたはまだ若いし、それなりの教養もあるようだ。こんな可愛い子を
ひとりにしちゃいけないな。新たな旅立ちの資金にしなよ。偽者じゃないから
安心しろ」
額面に1の後に八つのゼロ。
「・・・こんな、こんな大金を・・・」
「その先は言うな。俺にとっちゃゼニなど何の意味も持たねえ。久しぶりに
ぬくもりを与えてくれたあんたの子供へのお礼だ。荒れてないで立派に育て
ろよ」
パパ・・・という子供の声が聞こえた。
離婚したかつての父親を言っているのではない。
俺を呼んでいるのだ。
短い時間の中触れた乞食のような男は、パパに値する力強く優しいものを持っ
ていた。
後ろ髪引かれる思いがあったが、呆然と立つ母子を振り返る事なく、貢はスバル
360に乗り込んだ。
なかなかかからないエンジンがようやく唸った。
シーバスの丸い目玉がまだ貢を見つめていた。



進化論は否定していた。
しかし・・・。

ホモサピエンスは、誰しもが怯え、震える体を合わせ、洞窟の中に隠れていた。
恐竜が支配する時代であった。
人類はまだ火や武器を持つまで進化していないが、例えそれらの力を纏ったと
しても、マンモスなど問題ない力を持つ獰猛なる恐竜を倒す事は不可能だったに
違いない。
だが洞窟に隠れたのは恐竜への戦慄などはなかった。
火山を置いて対峙する、どの山よりも巨大な生命体が、戦っていた・・・。