箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-09-16

薫風が毒島の頭を
撫でた後、公園のいたるところに、
彼の心を伝えるかのように走り出す。
植物の季節はこれからだというのに、
冷たき喧騒が聞こえる。
めんどくさそうに煙草を取り出した毒島は
「じゃあ何か?その匂い袋はおめぇのばあさんの
ものだっていうのかぃ?」
「十中八九、
まず間違いないと思います」
樺沢辰巳はなぜか苦しそうに
しきりにこめかみを押している。
「まとめようじゃねえか。おめぇのばあさんが死んだ。棺桶の中にはその愛用
していた匂い袋を入れた。そして釘を打った。焼いた。骨を拾い骨壷に入れた。
当然匂い袋などは燃えて跡形もない。それがだ、なんだか知らねえが、ゆみか
・・・従姉妹が持っているって事だな?」
「はい・・・」
「何度ゆみかを付けまわしたか知らねぇが、実際話しかけて、確かめようとなぜ
しなかった? おかしいじゃねえか?」
「・・・・・」
「おめぇはストーカーじゃねえと云う。が、答えがないようだ。なら惚れたのか? 
だとしたなら、ストーカーだろうが? おかしいぜ、ああ?」
「・・・・・」
今度はお返しのように、草花から木に伝播し、毒島の顔を叱りつけるように撫で
た。
風はおかしな匂いを毒島に運んで来た。
夜の世界の女の香水を混ぜたような、ねっとりと甘く性欲を掻き立てる香りだ。
おかしな誘いの匂いは、樺沢から出ていることを毒島は気づいた。
無風であったにも関わらず、気配を消し現れた。
風雲急とはこのことか。
黙る樺沢に戦慄を感じ、風は必死に何かを告げようとしているのかも知れない。
その時であった。
公園の入り口に細身ではあるが、背の高い男が現れ、こっちに向かって歩いて
くる姿を毒島は捕らえた。
―――何ぃ!!
そして携帯が同時に鳴った。
ほんのわずかの会話であった。「ほう、そうか・・・」と呟くと始めて光る目玉を
ぎょろりと樺沢辰巳に置いた。
「てめえ、いったい・・・何者だ?」
いつの間にか毒島は鼻に水泳用の栓をしている。
その香りは危険なのだ。とっさに悟るは流石に空手五段の猛者である。
毒島の空手の威力は殺人技以上の域に達している。熊をも倒す貫手。
「・・・それはどういう意味です?」
【こっちの樺沢】は風を迷惑そうに避けている。もうひとりの男に気づいていない
ようだ。
「それじゃあ聞くがなぁ、あそこを歩いている男は誰かな?」
萌えはじめた緑の木の下を、その男は歩いていた。
毒島の拳が固まった。