箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-09-21

教室に入り終えないうちに、
どよめきが起こった。
「すんげー美形!!」
「わあ、綺麗なんだぁ!!」
「やったー!!」
担任が制しても、
歓喜は暫く止まなかった。
宝石を観るような眼差しは、ただ一人を残してクラスの全員が、その少女の全て
にうっとりと見とれている。
「みんな静かに!転校生を紹介する」
最後まで大歓迎の意を表し、机を叩いていた少年にジロリと一瞥を送ると、教室
は静かになった。
教師の一喝というより、今度はその声が聞きたいという期待からだ。
少女が壇上に上がった。体を透して、静かで美しいエメラルドの海が見えたよう
な錯覚を、クラスの全員、いや担任までもが感じた。オーラとはこれを言うのかも
知れない。
「高月美兎と申します。日立第三高校からやってきました。どうか宜しくお願い致
します」
見事なお辞儀であった。洗練されたビジネスマンも敵わない程の隙が無く美しい
形であった。
「鈴が転がってるな、おい?」
「うん、風鈴のようだ。いい風がやってくるぜ」
「いや鈴どころじゃないぜ。例えば天使の声ってのはもしかしてアレを言うのか
もな」
それは顔形を裏切らず、短い挨拶であったが、童話という活字の中の美少女の、
聞けない声を見事に奏でてるようだった。
「ええと席は・・・磯前の隣が空いているな」
野球部の素質のない少年であるが、容貌は悪いほうではない。
磯前晴海は、美兎を一瞥しただけで、感情を表さなかった。
ウィトゥルウィウス的人体図。人体は円と正方形に内接するという。
レオナルド・ダ・ビンチが残した人体の尤も美しい形の女性版。
すらりとした長身で手足が長い。
美兎の容貌は人体を構築するパーツは全て一級品で、配置も完璧なものであっ
た。スカートを翻すと、心なしか潮風の香りがした。
尤も太平洋を眼前にする常央大大洗高校は何時も潮の香りに包まれているが、
人体に必要な清潔な塩分を醸し出すかのように、正直で含みのない潮風であっ
た。
「宜しくね」
「ああ・・・」
抑揚のない声で答える晴海に視線が集まった。
「なんだあいつ、カッコつけやがって」
嫉妬まじりのそんな声が聞こえる。「俺と席を替わってくれぇ」
クラス中が笑いに包まれた。
廊下に聞き耳を立てるように、ひとりの少女が佇んで居た。
―――来たわね、美兎。
こっちも美少女だ。
時任小夜子はクラスの笑いが収まると疾風の如くその廊下を後にした。