箱舟が出る港 第二劇 一章  エピソード

murasameqtaro2007-09-23

コンタクトを
眼鏡に変え、
ありきたりの
ヘンリーネックの
Tシャツにジーンズ。
洗い髪を車の中で
気にはしたが、
比較的短めの髪が幸いして
乾いたが、スタイルはサマにならない。
どこでも居るような中年親父の格好だが、
眼鏡の奥の目は職業を隠せない。
重い雰囲気を殺そうと、彼なりの精一杯のお父さんの格好であった。
「あれ?鬼頭警部さんじゃありませんか」
雪だるまのような男が背後から声をかけてきた。
「ああ、君か。よく俺だとわかったな。さすがブンヤだ。病院にネタでもあった
のかね」
「違いますよ。今日はオフでしてね。女房がコレなもんですから 」
扶桑新聞社水戸支局に勤務する剣持正和が、腹が大きいという格好をした。
「そうか、俺と同じだな」
いつもの眉間に皺を寄せた、苦虫を噛み潰したような顔を一変させ、表情は実に
穏やかであった。
「ま、座りましょうや。どうやら奥様も検診中なんでしょう?」
「うん。君も同じのようだね」
「そうです、そうです。しかし鬼頭さんでもそんな格好をするんだぁ。想像が
つかなかったなあ・・・」
まじまじと剣持は鬼頭の顔を見た。文字通り、鬼の鬼頭、と異名を取る水戸中央
署の敏腕警部である。
「第一子が生まれるというのに、怒り顔も出来ないよ。鬼の警察だって家では良き
夫なんだよ、俺も・・・」
頭の先から靴まで、無遠慮に見回す剣持であったが、鬼頭の心は晴れていた。
殺人事件の解決が三日前にあったせいもあるようだ。
「あやうく誤認逮捕するところでしたね。重要容疑者にはアリバイが無かった。
夜釣りをしていたと奴はいう。目撃者は誰もいない。人知れぬ池だったのが幸い
しましたね。奴のランクルの轍が残っていた。落ちていたマールボロから血液
鑑定の結果奴は犯行時間あそこに居た事が証明された。次の日は大雨だった
から、あの日の警部の指示によらねば、奴さん、まんまと犯人に仕立て上げられ
たかも知れませんね。ま、他の幼児誘拐未遂と覚醒剤所持で逮捕はされました
がね。しかしあの件は母親が犯人だったとはね。幼き我が子を殺す・・・か。
秋田でもそんな事件があったばかりだ。まさに世も末ですなぁ・・・」
「人それぞれ事情はあるもんさ。生まれたばかりは誰しもが天使だったというの
にな。やはり環境というものは大事だな・・・ま、そんな話はやめよう。過ぎた
事だ」
「ああ、すいませんでした。ところで看護士の話によれば、僕の子を含め4日
後の予定日には23名の子供が出生するらしいですね。もしかして鬼頭さんのお
子さんも?」
「うん、そうだ」
「予定通り一緒だったら、ぜひお祝いをしませんか!?」
鬼頭はそれに答えずに、眼鏡を光らせ
「ちょっと君の意見を聞きたいが、この病院は実に整っているね。いや整い過
ぎている気がすると俺は思う。設備も人も多すぎる気がする。例えば患者10に対
し、それは50程に思えてならない。病院の採算点がいかほどかは知らないが、
計画して損をしている感じがするんだよ。で、俺のカンだが、病院本来の使命
以外に何かを計画している気がしないでもない。いや、と言っても悪意の計画じ
ゃないぜ。またな、事務長とやらを一度見たが、ありゃあとても事務屋に見えん
な。例えば戦争屋って印象を受けたなぁ。少子化により私大の経営が難しいこの
頃、実に景気がいいと見える。常央は確かに名門だがね。で、その何かだが、
金の匂いがプンプンする気がするよ・・・どう思う?」
「そりゃあ節税対策じゃないすか?儲かり過ぎているのでしょうな。それより
警部はどうして奥様をここに入れたのです」
医療法では、営利目的の医療機関の設立は認めていない。
ふたりともこの方面には無知ではあったが。
「・・・そりゃ、まあ、婦人科はもとより県内一との評判だからさ・・・」
「なら信頼した、という事じゃあないすか。警部がそう感じるなら僕には節税対策
以外無いとしか言えませんがねぇ・・・ナーバスになり過ぎですよ」
「ま、医療技術なら間違いはなかろうが、おかしな人や物の動きの先には金が必
ずあるものだよ。節税以外の何らかの目的がある気がする・・・」
「贈賄とかすか・・・?」
一瞬だが、雪だるまの目が光った。
「君らしくもないね。過剰過ぎる設備や人員に贈賄は関係すると思うかね。
政治家は患者を紹介などせんよ。迂回融資を俺は思ったんだ。ま、金融監督庁
管轄の業務改善命令の対象で、警察は関係なし。犯罪の匂いはまるでしないの
だが・・・だが、何かがある感じがしてねえ・・・」
「ほう、迂回すか・・・?どこから、どこへ? 何の為にすか?」
看護士が白衣を翻し、ふたりにこぼれるような笑みと丁寧なお辞儀を残し、
キビキビと歩いて行った。清潔な白がやたらにまぶしい。
若い医師を中心にして柔らかな丸がある。何度も御辞儀をする老人は退院なのだ
ろう。明るい笑いが聞こえる。
「いや・・・君の言うように俺の思い過ごしだろう。・・・ホラ、君の名を呼んで
いる。診察室へ入りなよ」
大団円かと呟いた鬼頭は、ソファから立ち上がり多忙だった三日前を振り返り背
伸びをした。



空母大利根、ミサイル巡洋艦天竜護衛艦石狩、イージス艦大淀を中心とする
防衛省海上自衛隊太平洋艦隊はアメリカ合衆国サンジェゴ港に投錨していた。
終戦から62年という長き年月が経過したのにも関わらず、日本側に立川、横須賀
などに米軍基地があるように、米国にもロサンゼルスをはじめ、数箇所の自衛隊
駐屯基地があるのは、相互牽制を目的とした太平洋戦争の和解条文のひとつと
して相互駐留たる牽制条件が明示してあるからである。
1945年。9月2日。重光葵外務大臣、梅津美次郎参謀総長は随員を従え式場
たるハワイに、戦艦大和を持ち赴く。いわゆる、日米講和条約が締結という記念
すべき日であった。
日本は占領した満州朝鮮半島、東南アジア諸国へを放棄するとともに、白人
至上の奢った植民地主義の放棄を承認させたのである。
ここに戦争締結の事実が確認されたのだった。


ある地球の歴史的な大きな分岐点であった。