箱舟が出る港 第二劇 二章 メタモルフォーゼ

murasameqtaro2007-10-25

ふたつの横顔には、
苔色の濃い影が
こびりついている。
仕事という名の他人が
吐いた、粘着的なツバである。
社会とは甘い人間を、
矯正する場でも、ある。
矯正機関は会社など賃金を稼ぐ場所。
ただし市町村役場は除く。
仕事などしていないに等しいからだ。
日の出は早く午前6時であっても、外は陽光のシャワーが降り注いでいる。
暗鬱な風景は似合わない薫風が徘徊する命を確信する季節。
このふたりは、季節の変わり目を意識する事があったのだろうかと、草刈は
樺沢のふたりを見つめている。
―――安らかな顔で、よかったでした。ご冥福を。
線香を上げ「失礼致します」と立ち上がった年配の男に、草刈は「まあ、その
ままで」と、自らお茶を入れ始めた。
「はあ・・・恐縮です。おかまいなく・・・」
若い方も立ち上がったが、ふたつの湯飲茶碗を差し出され、そのまま帰る時期
を失った。
「ヒロっちゃん、以外に穏やかだったろう ? お名前は、なんといいなさる
のか?」
「安心と云っては失礼ですが、ほっとしました。私は具円、こっちは神岡と
申します」
「ぐえんさん、と、かみおかさんか。ぐえんさんとはまた、変わった名だね」
浅黒い顔をした年長者に草刈は目を置いた。
「30年前ベトナムから来まして、日本に帰化したのです」
頬のしわが深い。煩悩のクレパスが見える。
さぞかし具円も苦労してきたのだろう。
中小企業に居るにはもったいないほどの流暢な日本語は高い知能を持っている
ようだ。
しきりに腰を摩るのは若い神岡である。帯状疱疹により腰をやられているのだ。
「おたくらも、実に疲れているようだね?」
「いえ、そんな事はありません。もっとも昨夜は眠れませんでしたが」
「・・・うん。その目で真っ直ぐに私の目を見る事は出きるかね?」
うつむき加減の顔を、赤く細い糸筋が、病原体よろしく、四つの目を攻撃して
いる。
「よろしい。おたくらは経営には関わっていないね。おそらくヒロっちゃんと
同じ苦しみを持った宮仕えの同胞なのだろうね。・・・朝からだが、酒が、
よいかな?」
樺沢のふたりは、新聞などで草刈の顔も名も知っている。
保守党県連の会長にして県議会議長、中央政界の大臣をも凌駕する力を持つ男
と言われていた。
「ここは甘んじて、さばけましょう。私たちも実は飲みたい気分です・・・」
具円が開放されたように、座布団に腰を下ろすと、神岡も追従した。
「そうか。猛くんよ。おふたりについであげなさい。彼らもまた、被害者なの
だよ」
腫れぼったい猛の目はふたりを一瞥すると「茶碗をよこしな」と云い、日本酒
をなみなみと注いだ。
「さあ、お好きなだけやっておくんない。どうせ今日は休むつもりであろう。
やりながらでいいから、話してくれ。ヒロっちゃんの仕事ぶりはどうだった
のかな?」